2012年12月20日

日本自動車博物館其の四

いい加減クルマに興味のないノンケは辟易してきた頃でしょうが、
残念な事にこの企画、まだまだ続きます。
ま、このブログは漢(おとこ)の世界に興味のない奴が来る場所じゃないってこった。
逆に女性であろうと我輩に共感してくれる人なら熟女でも大歓迎。

さて、この博物館の凄いところはどんな国のクルマでも置いているんじゃねぇのかって雰囲気。



でもまさか旧ソビエトのモスクビッチ408が置いているとは思いもしませんでしたよ。
しかしコイツに関してはここにコイツが居るという事実自体が凄すぎて、
どんなクルマであるかは全く不明なんですねぇ。
ま、共産圏のクルマ=走る道具ってイメージは間違いないんでしょうが。



共産圏のクルマといえば東ドイツのトラバント601
ベルリンの壁が崩壊した時に日本にも少し輸入されて
ボディがFRPと紙で出来ているとか、1960年代ので基準で作っているから排ガスが凄いとか、
燃料タンクにゲージがないとか、ヘッドライトのスイッチが外に付いているとか、
何かと酷い話で話題になった冷戦時代の忘れ形見ってぇやつですな。
ま、こういう旧態依然なクルマが長きに渡って存在していた事実を鑑みると
日本共産党には絶対に票を入れたらアカンってつくづく思いますねw




日本共産党の話はさて置き、中国共産党の話でもしましょうかw
コイツもまさかの一台。紅旗CA770という中国の偉い人専用車両です。
1967年式、エンジンはV8OHV5655cc、210HP、ボディサイズは5730×2010×1670。
後席ドアは憧れの?観音開きで中はリビドー号よりも広々。
中国共産党の偉い人達は人民皆平等を唱えながら国民には自転車を足に使わせ、
高級幹部はこんなに凄い車の後部座席にふんぞり返っていたんですねw
いやーしかし中身はともかく風格的にはセンチュリーよりも素敵ですな。

こうなると旧ソビエトのZILが置いていないかなーって期待したいところですが、
残念ながらゴルバチョフさんの愛車は置いていませんでした。



しかしさらに古いソビエトのクルマが置いていて胸熱です。
ZIMというメーカーは聞いた事がありませんが、
調べてみたところ正式名称は“GAZ-12 ZIM”というクルマみたいです。
ここの博物館は意外とこーいう名称や年式に適当な説明が多いのが難点です。

結構大きめですが、直列6気筒エンジンの3500ccぐらいのクルマです。
年式は1951年式ですからかなり古いですね。
何とこの車、中国のカリスマw毛沢東さんの愛用車だったそうです。



適当な説明書き、もう一つ発見。
GHQの親分として君臨していた頃のマッカーサーのクルマはキャディラックだったはず。
プライベートで好きなクルマだった可能性はあるかもしれないとしても、
特徴的なフロントグリル部分に“BUICK EIGHT”と車名が書かれているのに
ビュイックをビュックと間違えるのは頂けませんねぇ。
ここの責任者出てこい!って感じです。クルマに対する愛が感じられねぇ。



お次は日本発の自動車?ロコモービルとか言う奴らしいです。
年式は1901年式。まだ明治時代ですね。日露戦争より前です。
まだエンジンが蒸気機関だった頃の自動車じゃなかろうか?
しっかしこれ、ステアリング何処に付いているん?後ろ???
まあとにかく現代のクルマとは全く違った乗り物。
こんな博物館レベルの(あ、博物館かここはw)物体があるという点では
クルマに対する愛情はなくても資料的な評価は出来ますかね。

他にも人力車とか籠とかの展示がありましたがそ〜いうのは
普通の博物館や資料館でも見られるので却下。
人力車なんて湯布院の駅前に行けばいくらでも見られるやん。



余談ですが2階にはミニカーのコレクションが多数陳列していました。
勿論トミカも絶版のマニア垂涎アイテムが多数陳列しています。
そして過去にはここ限定のトミカが色々販売していたらしいのですが、
現在ではロンドンバスのみという寂しいラインナップ。
ま、最近は息子がトミカに興味がないみたいなので我輩のトミカ熱も覚めましたがね。



珍しいブツといえばコイツもかなりのものですね。
同志らんたろー氏が乗っていたらかなりイケていそうな“くろがね四起”。
所謂“九五式小型乗用車”という大日本帝国陸軍の軍用車です。
説明文では“ジープよりも6年早く作られた四輪駆動車”と書かれています。
まージープよりも早く四躯を作った功績は認めるにしてもねぇ、
この乗用以外に使えなさそうな汎用性に乏しい形状では一寸ねぇ・・・
エンジンは空冷V型2気筒OHV、排気量1400cc、33馬力らしいです。



でもやっぱり我輩的にここの一番の目玉はこれっすよ。ジオット・キャスピタ。
世界に2台しか存在しないプロトタイプの1台を目の当たりにしただけでもう胸熱ですよ!

かつて“童夢‐零”を作ったレーシングメーカーの“童夢”が、
ワコールの出資会社である“ジオット”の為に製作したスーパーカー。
何かバブルの頃、ワコールが男性顧客を掴む為の手段として考えたのが
当時世界で流行りだったスーパーカーだったんでこーいうの作ろうとしたらしいですね。

エンジンは「じゃっど!」じゃなくてジャッドエンジンという
昔の無限F3000のレーシングエンジンで有名なメーカーの3500ccV型10気筒585馬力。
勿論ドアはスーパーカーのお約束、ガルウィング。
結局開発費が嵩み過ぎたのとバブルが弾けたので幻と化した“迷車”。
販売していたら1台1億円ぐらいだったんでしょうねぇ。

よくクルマには夢が詰まっていると言われますが、まさにその通り。
酷評されたトラバント601も東ドイツ国民からすれば、
「いつかはマイカーを」という目標のクルマだったんですからね。
まあ中にはキャスピタみたいな夢で終わるクルマ、
紅旗とかみたいに偉い人以外には夢のまた夢のクルマもありますがw


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Posted by 砥部良軍曹 at 01:54│Comments(0)お出かけ
 
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