2017年06月14日

もう、普通のランチでは満足出来ない

本日夜勤オフだったんで、嫁と一緒に昼飯を食いに行きました。

でもその前に嫁が山形屋の商品券3000円分を頂いたと言うので、
ソレを消費するために山形屋に逝きました。
商品券なんてぇシロモノは貰ったらすぐに使わないと、
いつの間にかその存在を忘れてしまうよーなシロモノですからねぇ。

そして我が家が山形屋に逝くと必ず足を運ぶ、
4階の意識高そうな調理器具コーナーへ向かいます。
ココに我輩が以前から目をつけていたブツがあるので、
この機会にゲットしてしまうおという画策なのです。

嫁は「山形屋では別に買いたいものはない」と言いやがるのですが、
ソレは単に「3000円の商品券で収まる欲しいものがない」という事でしょう。

でもね、我輩の嫁は世間に多く存在するであろうブランド志向の女じゃないんで、
デパートで売っているよーな高額で見た目の良い品の中に
ガチで欲しいものなんか特に存在しないというのが本音なのでしょう。
だってウチの嫁の今欲しいものって、何でも縫えるミシンとマッサージ椅子ですから、
一般的なま~ん(笑)とは脳みその作りが違っている模様。

まあ、嫁の異様な物欲の話は別の機会に語るとして、
その意識高そうな調理器具のコーナーにて、
器具の中にサンドイッチ用の食パンを置いて何やら具を詰めて蓋を締めて
ソレを直火にかざして焼く調理器具
を購入しようとしたら、
(ホットサンドメーカーと言えよというツッコミは逐次受け付けております。)
品の良い感じの熟女店員さんから「この品物はIHでは使えませんがよろしいでしょうか?」
と聞かれたので「あーやっぱ、我が家みたいに直火で調理する家庭って少数派なのかな」
みたいな感じの何やら感慨深い思いに浸ってしまったのであります。

だがしかし、我が家はこのオートマ普及率99%に迫ろうとしているご時世に、
敢えてマニュアルトランスミッションのクルマを買い、
ソレで山形屋に出かけた挙句駐車場で坂道発進失敗して
エンストするよーなオールドタイプな一家なんでIHなんてぇ
ナンパなシロモノは眼中にないんですがやっぱオートマって便利だよね。

ただ、我輩はオールドタイプではありますが、
ニュータイプな連中と同等とまではイカないものの、
Zガンダムのヤザンぐらいには戦える力量があると自負しておるので、
今のところ覚醒する必要もない(確信)と考えております。

随分前おきが長くなりましたが、ココからが本筋になります。
山形屋で買い物を終えた後、じゃあ昼飯でも食いに行こうかってなわけで、
いつものアレッタにはイカず外で飯を食らうべく外をブラブラしてみたのです。


宮崎市内ということでランチの店も数多く存在し、
どの店も趣向を凝らして魅力的なランチがと言いたいところだったんですが、
いやー結構、どこもチキン南蛮定食とかパスタランチとか似たり寄ったりなのね。
そして嫁も特にパンツが濡れそうになる店が見つからないとぼやきます。



結局、若草通りの辺りをブラブラした後、橘通りの方に渡り、
“ワイン酒場 OLIVE”という店に入りました。
アンダーグラウンドな我輩は地下にある店って何か惹かれるものがあるのね。

昼間っから酒という響きもなんかソソられるけど、
我輩はクルマ運転しないといけないから飲めないんだねコレが。



ココのお店、昼はランチやっていますが夜はバル的な店のようです。
だからなんでしょうかね、ランチメニューは至ってシンプル。
お肉ランチ、お魚ランチ、そしてパスタランチ。
値段設定も1000円以内とリーズナブル。
ウンウン、こういう解りやすさって重要だよね。



「せっかく久しぶりに宮崎市内に来たんだから」ってな感じで
ちょっと贅沢気分を味わいたいのなら、1480円で前菜とデザートが豪華になるコース、
そしてデート時に使えそうな、前日予約必須の2500円のコースもある模様。

他にも生パスタやピッツァ、チキン南蛮単品やステーキ単品もあり、
コースにちょい足ししてお腹を満足させることも可能なようです。



我輩は肉、嫁は魚と白ワインを注文。
380円の前菜セットとか言うのもあったんでソレも追加。
そして改めて店内を見渡すとシンプルな内装だけど雰囲気はよろしい。

シックな色使いのテーブルも幅に余裕があり、
隣の席との間も適度な空間が保たれて心地よい。



待ち時間の間にぷにぷにでもやろうかと思ったところで
サラダとスープがやってきました。
サラダはレタス、ニンジン、カイワレ、紫キャベツが入り、彩りも良くドレッシングが旨し。
スープはグリーンピースの冷製ポタージュ。
牛乳臭くもなく、青豆臭くもなく、バランスの取れた味付け。



前菜のセットはオリーブ、ピクルス、チョリソー、
そしてビーツのババロア???
ハイ?何やら謎な物体が(困惑)?

でもこのフランスパンの上に乗っかってハチミツがかけられたババロア、
ビーツの甘みとハチミツの甘みがふんわりと口の中で解けて面白い味。

オリーブが種つきなのはGOOD。種抜きオリーブより味がよろしい。
チョリソーは後から来たパンとともに食らうと旨し。
ピクルスは・・・実は我輩、酢の物好きじゃないのよw



ポケストップ回そうとしたら嫁の魚料理がやってきました。
スズキのポワレ、焼いたやつにホワイトビネガーベースの
トマトやタマネギの刻んたソースがかけられています。

焼き加減も具合が良く、さっぱりとしたソースがなかなか好印象。



さーて我輩の注文した肉は何が出てくるのかな~と思いきや、
何ということでしょう、チキン南蛮が出てきやがりました。
おいおい、我輩は昨日の昼飯がチキン南蛮だったのに・・・
昨日ぷにぷにでガシャ回したら2連チャンで“ウ魔”とかいうやつが
出てきて唖然愕然としましたがソレの再来かよ全く。



後から入口の看板を見たら「お肉のコース チキン南蛮」と書かれていて、
ご丁寧にアンダーラインまで引いてやがりましたんで完全に我輩の失態。

しまった・・・店に入る前にしっかりボード見てなかった。

でもバルサミコ酢をあしらったチキン南蛮はしっかりとした味付け。
そして肉厚のチキンにたっぷりのタルタルソースと文句なしの一品!

ああ、コレはパンじゃなくてご飯と共に食うべきだったかなと後悔もしましたが、
チキン南蛮の(・∀・)イイ!!ところってパンにも合うんですよねぇ。
余ったタルタルソースとバルサミコ酢はパンに付けて食う!



ちょこっと付属するデザートはコーヒー味のパンナコッタ、よーするにプリン。
野郎の大口だと3口ぐらいでなくなってしまうのが残念。
余談ですが昨日の昼飯のデザートもプリンでした。栗原はるみの。

田所浩二先輩リスペクトな我輩、飲み物は当然アイスティー(睡眠薬無し)です。
アイスティーしか無くても、他の飲み物があってもアイスティーです。

1000円以内でお腹もそこそこ満足、味も期待通りで満足。
なかなか美味しくていい店だったと言いたいところなんですが、
正直な話、我輩と嫁には物足りない。
量が足りないんじゃなくて、驚き的なものが。

ま~確かに、この店の食事はどれも出来が良く、
流石プロならではだなって思わされる逸品だったんですが、
ぶっちゃけ、同じよーなメニュウは他の店でも味わえる。
ココだけが特別ってわけでもないと思うんです。

我が家的にね、外食って行為は家では作れないもの、
店じゃないと食えないよーな物を食べに行くところなんですよ。

更に付け加えると、「コレを食うならココ!」みたいな特別感も重要。

例えば、こないだ紹介したつけ麺、アレは何処でも食えるよ~なもんじゃない。
しば田製麺所に行かないと食えないというところに価値がある。
三沢だったらノース40-40はそこでしか味わえないメニュが多数あった。
宝寿しや錦寿司も、寿司屋以上の満足感を与えてくれた。
そういう特別感がないとどーも物足りなさを感じてしまうのです。

どうやら我が家は様々食い尽くしすぎて
外食に+アルファ以上の過度な期待を抱く
性癖になってしまったようなのであります。

恐らくね、マイナーな国の料理とかじゃないと感じないかも。



でもね、この店、店の名が表すようにメインは夜の営業らしく、
夜の宴会コースの料理は期待以上のものが用意されている模様。

料理の名称見ているだけで我慢汁が溢れそう。
しかし今の現状、夜の宮崎市内に飯を食いに行くこともそうそう無いでしょうから、
残念ながらこの店の本性はつかめないままに終わりそうです。

うーむ、こういう店を10年前に見つけることが出来れば、
もう少し早く嫁を落とせてヤリまくりだったんだろうねぇ。  

Posted by 砥部良軍曹 at 23:17Comments(0)お店演説

2017年03月27日

巨星墜つ



3度の飯(以下略)の数少ない(?)応援者の一人にして、
我輩の唯一神である父上が3月20日他界しました。

昭和22年生まれの暴君は69歳で生涯を終えたのです。

父上は5年前に肺癌の診断を受け、癌に侵された片肺を切り落としたものの、
結局他の部分にも癌が転移していて抗癌剤治療を実施。
しかしその抗癌剤の効果で何も食えなくなってしまい、
110kgの体重は70kg以下まで激減するぐらい衰弱。

衰弱したせいか癌は悪化する一方で、2年前にはもう諦めろと医者から見放される。
でも父上は300万円ぐらいする電気治療器を入手して癌に対抗。
抗癌剤を止めたので少しではあるけど飯も食えるようになりましたが、
片肺切り落とした身体では肺活量不足で動くこともままならず、
肉体的にはどんどん衰退していっておりました。

そして去年の夏休み、2年ぶりに父上を拝見したところ、
以前のような活力はなくなり、只の痩せこけた爺に成り果てていました。
飯もまともに食えなくなり、口数も少なくなっていたので、
「来年の70歳の誕生日まで持つだろうか?」という不安はありました。

13日には体調不良で入院しており、20日には退院予定だったという話でしたが、
母上から「お父さんが危ないみたいだから、覚悟しといてね」
メールが来たのは3月20日の昼過ぎ。
話によると退院予定日の20日に突然、容態が悪化したのだとか。

その頃、我輩は三男ヂャギの引っ越しの片づけに向かう最中。
3月25日に転勤が決まったので不要なものを処分するために動いていました。

三男と合流後「父上がヤバイらしいぞ」と言葉を交わすものの、
とりあえずは目の前の案件を解決するのが先決ということで、
藤山ゴミ処理場に持っていくブツをまとめてリビドー号に突っ込みます。

その後、昼飯を食いに向かった先で何故か我輩の携帯ではなく、
三男の携帯に「お父さん、亡くなったから」と連絡が入り、
昼飯に何を食ったのかも思い出せないぐらいのショックを受ける兄弟二人。
「結局オレたち、父ちゃんの死に目に会えなかったか」

でも状況を鑑みると片付けを止めて湯布院に向かったとしても、
多分大分辺りで死の一報を聞くという羽目になるだけだったんで、
急いだところでどうしようもなかった、としか言いようがありません。
それでも居ても立ってもいられない三男は飯を食った後、直ぐ様父上の下に向かいました。

せめてもの救いは父上が他界するその週末、
次男が湯布院に遊びに来ていたので、
兄弟を代表して父上の最期を看取ってくれたということでした。


通夜は22日、葬式は23日に行うということで、
我輩一家は色々と準備を整えて21日に福岡に戻ることにしました。
父上が住んでいた場所は湯布院ですが、親戚や友人の大半は福岡ですし、
何よりもやはり、父上は本来福岡の人間ですからね。

21日の昼、福岡にたどり着き、昼飯にラーメンを食らうも替え玉する気が起こらず。
その後四男と共に父上が搬送された葬祭場に向かい、冷たくなった父上とご対面。
ばあちゃんの時と同じぐらい涙をこぼしながら取り乱して
泣き叫ぶかもしれんと思いはしたものの、意外と涙は出ず。

「父上が肺癌が発覚するまで吸っていたマイルドセブンの1mmの長いやつ、
いつの間にかメビウスって名前に代わったんだぜ」
と言いながら、
煙草を一箱、父上の前に置いて父上の枕元に座ります。
ココで父上が今まで吸った煙草、ピースの両切り⇒セブンスター
⇒キャスターマイルド⇒マイルドセブン100と全て揃えて置きたかったのですが、
とりあえず父上に会いたい一心だったんですかね、そういう余裕ありませんでした。

医者に見捨てられてからは我々子供の前では疲れた様子だったものの、
苦しい様子は全く見せなかった父上でしたが、
実のところは我慢をしていただけで、相当苦しかったようです。

とりあえず「やっと楽になれたと思って、静かに休んでくれ」と言いながら、
次の言葉を考えようとしますが、涙が止まらず言葉が出ません。
仕方がないので「父上も苦しかっただろうけどな、
傍から見ていたワシラも大分苦しかったんだぜ」
と言いながら父上から離れます。

そしたら葬儀場の人から「布団を取り替えるので父上を持ち上げてくれ」と言われたんで、
持ち上げてみたところ随分軽くてすんなり持ち上がったのに驚愕。
あのデカさがビッグダディと言わんばかりの父上が・・・
大分衰弱していたのは目に見えて解っていたけど、ショックでした。

夕方に次男が来たのでその日は家族全員と共に実家に戻り、
次の日の昼に再び葬祭場に戻ることにしました。
父上の身柄は通夜を前に、棺桶に収められておりました。

「昔はこのサイズの棺桶だったら苦しくて仕方なかったろう」
何も語りかけてこない父上に冗談半分に話しかけるのですが、
逆を言えばレギュラーサイズの棺桶に収まってしまう程に
体型が変わり果てたという事実が悲しくて仕方がありません。
しかし身長はあまり減っていないので、棺桶の長さギリギリ。

その後通夜が終わり、葬儀場が準備した肉類がなくて味気のない晩飯を食いますが、
悲しさとか以前に食い物に味気がなさすぎて食が進みません。

だから父上がこよなく愛した平尾のテムジンの餃子を買ってきて、
「父上はテムジンに来ると必ず警察学校を抜け出して
ココの餃子を食いに来ていた話をしたよなぁ」と言いながら皆で餃子を食います。
勿論、父上の前にもこの思い出の餃子を置きました。

通夜の日の晩は母上と兄弟全員で葬儀場に泊まる事にしました。
葬儀会場に置かれた父上の棺桶を見つめながら色々考えていたら
以前父上から言われた遺言的発言を思い出しました。
「オレが死んだら、葬送行進曲を流してくれ」と言われていた事。

父上はクラシックが好きで、我輩もその影響を受けてクラシック好きなのですが、
「父上の言ってた葬送行進曲って、ベートーベンの交響曲第3番2楽章やったっけ?」
「それともメンデルスゾーンの“真夏の夜の夢(注:淫夢ではない)”の方やったか?」
どちらも父上が我輩に聞かせながら、葬式の時にかけろとのたまっていたのですが、
残念な事に葬儀場にはどっちのCDも置いていませんでした。

因みにコッチ(文章をクリック)がベートーベンの葬送行進曲。
ノンケの方々には“英雄”と言った方が解りやすいですかね。


そしてコチラがメンデルスゾーンの葬送行進曲。
結婚行進曲は有名ですが、コチラはマイナーですね。


仕方がないのでYouTubeで両方の音源探して我輩のスマホで流しながら、
「ごめん父上、出棺の時はコレ流せそうにないから、今この曲流すことで勘弁してくれ」
と言いながら棺桶の上にスマホを置きました。
そして曲を数回流しながら、我輩も涙を流しました。

次の日、葬儀が終わり、棺桶に花や色々な品を納めて出棺。
勿論、供えていた煙草一箱も棺桶に収めました。
そして死に水の代わりに父上がこよなく愛したキャラバンコーヒーを与えます。

クラウンエステートの霊柩車に父上の棺桶を乗せ、
母上は助手席に乗り、遺影を持つ我輩は後部座席へ。
この時、この手の霊柩車に後部座席が一つだけある事を知り、驚愕。
でもね、このクラウンの後ろの席、横に棺が乗るから超狭いの。
そして我が家の近所にある火葬場へと向かいます。

死ぬ間際は痩せこけて随分細くなった父上でしたが、
焼かれて出てきた骨は随分太くてやっぱり父上でした。

そして骨になった父上を見つめながら、一つの時代の終わりを感じました。

父上が居なくなったことで、当然ながら悲しさとか空虚感とかはありますが、
肉体的な状態から何時かこの日が来るだろうという状況ではあったので、
「人が死ぬって、こういうもんだよな」と言うことにしときましょう。
色々考えると涙が溢れて、何もやる気が出なくなりますからね。
実際今の我輩、軽く抜け殻状態です。
モチベーションがなくなって暫くは何もしたくない感じです。

だから四十九日までは喪に服すということで
サバゲーはやらないことにします。

吉六会のエリア13でのゲームは開催しますが、
ヂゴンの巣のゲームは4月の間は休業します。  

Posted by 砥部良軍曹 at 01:24Comments(9)演説

2017年03月05日

やっぱり、青森の方が楽しかった?

どーも、電源ユニット(中古)を交換したにも関わらず、
相変わらず電源が落ちまくる我輩専用牛パソコンに嫌気が差し、
ついでにブログをアップする気も起こらない砥部良軍曹です。
いや一応、クソガキ共のDynaBook(←ココ笑うところ)はあるんだけどね、
ノートパソコンって何か使いにくいんですよねぇ。

宮崎に戻って半年が経ち、色々なところにも出掛けましたが、
逝く場所の大半は昔から宮崎で有名なところが多く、
ブログの記事にしても真新しさがない内容になるのは目に見えて解っているんで、
仕事で疲れた身体に鞭打ってわざわざアップする気にもなりません。

さて、宮崎での生活を繰り広げながら我輩が思うのは、
「青森県三沢市、結構いいとこだったよな」
いやお世辞でもネタでもなく、マジでそう思う。
三沢だけでなく、青森全体が結構いい場所だったと今更ながらに感じる毎日(迫真)。

以前住んでいた三沢市は宮崎で言うなら西都市ぐらいの街。
まあ八戸とか青森市、宮崎市や延岡、都城のよーなガチな街と比べると
娯楽とか店とかの選択肢は少ないですが、それなりに生活は可能。

特に我輩が以前住んでいた三沢市大町は中心街に
比較的近いローション、もとい、ロケーションだったんで、
チョット足を伸ばせばスーパーもドラッグストアもコンビニもある、
マックもファミレスもある、宝寿しも錦寿司もある、
ニューみやきも餃子坊もある、かっぱ寿司もはま寿司もある。

そして三沢には中居酒店もスカイプラザミサワもある!
この2つは我輩の心を癒やしてくれる重要箇所でした。
あの店で謎物件を物色するのがささやかな楽しみだった。
そーいえばスカイプラザの輸入食材&ビールとかのところに居る
陽気で気さくなおばちゃん、元気にしてるかなぁ?

そして我輩的に三沢市の何が素敵だったかというと、飲み屋街が近かったこと。
市内で送別会とか忘年会とか突発的な飲み会やっても、
へべれけにさえならなければ歩いて帰ることが出来たんです。
まあへべれけになっても歩いて帰っていたんですがね、三沢なら。
“きざん”で職場の宴会やったときぐらいかな、遠いと感じた場所は。

今では飲み会があるとなると嫁と事前に相談して、
迎えに来てもらうかどうかしないと絶対にキッツい。
こないだの新年会なんか25km離れた宮崎市内でしたからね。
電車&タクシーで帰るとなると金銭的にも大変な事態です。

一番近い新富町の飲み屋街があるところからでも社宅からは結構な距離。
焼酎水割り飲みまくった後に8kmの道のりを歩いて帰る、
しかもその半分以上は坂道なんて想像しただけでもゲロが出そう。
該当もない道をヘロヘロ歩いて帰った日にゃあ、クルマに跳ねられてもおかしくない。

本当に、今住んでいる新富町は周囲にガチで何にも無くて、
一番近い店といえば3kmぐらい離れている場所にあるローソン。
(本当は1km圏内に岩本商店って店あるんだけど、
息子曰く「どう見ても沼田商店の方が強い(意味不明)」)

三沢に住んでいた頃は社宅から歩いていける場所にマックスバリュあったけど、
今の社宅から一番近いスーパー(うめこうじ)はクルマで5分以上、
しかも帰りにはハードな坂道のおまけ付き。
一回シャレでチャリ漕いで逝ってみましたけどね、
逝きは10分程度で到着したけど、帰りは30分近くかかってしまったw
敷島の脇の坂道、アレは凶悪です。

今住んでいる場所を三沢市内で例えるなら、
何とか川目とか、東北町に近いところみたいな場所です。

何しろ、小学校のクラスがひとクラスしか無いですからねw
多分中学校もひとクラスしか無いんだろうな。
ヘタしたら保育園から中学校までずっとクラスが一緒になる子もいるんだろう。

なら少し足を伸ばして市内にイケば何でもあるんじゃねって思うでしょ?
ぶっちゃけ、八戸や青森市の方が強い(小並感)。
買い物といえばとりあえずイオン、この姿勢に関しては青森でも同じでした。
でも八戸ならヨーカドーという選択肢もあったけど、コッチはイオン一択。

そして何が悲しくなったかって、宮崎のイオンのスポーツオーソリティがショボいの。
キャンプ用品売り場もチャリンコ売り場も下田のイオンのほうが良かった。
余談ですが宮崎のスポオソ、キャノンデール取り扱っていないのね。

そーいや宮崎のイオンって、下田イオンよりおもちゃ売り場がショボいのも残念。
ビレッジバンガードも狭くて品揃え少ないのよ。
クリスマスのプレゼント買いに行った時もブツが置いていなくて、
結局更に向こうの南宮崎にあるトイザらスに足を伸ばすハメになる体たらく。
リビドー号は燃費が悪いんで、大変だよ全く。
因みにコッチのガソリンのお値段、現時点で128円ぐらいです。

普段の生活も結構苦労するというか、無いものばかりなんですが、
娯楽的なものも少ないのが宮崎の悲しいところ。
うちから一番近いゲーセンは多分、20km以上離れたイオン宮崎。
(西都のPAOにも一応ゲーセンあるけど、妖怪なんちゃらのは置いていない)
三沢ならチャリでいける距離にビードルプラザがあったのにねぇ・・・
ぶっちゃけ、パチンコ屋なんて要らねぇんだよ。

レンタルDVDは坂を降りて下界に逝かないと無いですが、
三沢のゲオと違って旧作100円だから良しとしましょう。
しかし我輩が今一番見たい勇者ヨシヒコは常に貸出中。

食い物屋さんに関しては結構充実している宮崎ですが、
ウチの周囲にはあまり選択肢がありません。

でもクルマで30分ぐらい走って大島通線にイケば、
全国チェーンの飲食店にたどり着くのは可能ですから良しとします。
でもコッチのはま寿司とくら寿司で寿司食ったけど、
どー考えても八戸のはま&くらの方が旨い気がするんだよなぁ・・・

宮崎市内には“寿司虎”という100円じゃないけど
毎日大盛況の回転寿司屋があるんですが、
同期のゴリラ君曰く“三沢で寿司食ったら、あの店には逝く気がしねぇ”との事。
やはり海産物は青森の方が強い模様です。

そーいえば寿司といえば、八食センター的な場所がないっていうのも寂しいね。
ジモッティな人たちは「八食はモノが高い!」と言っておりましたが、
少なくとも宮崎で同じよ~なもの買うよりは安いし、
アレだけ充実した食材買う場所って案外無いんですよ。
シマワキ水産の太めなおばちゃんと元気のいいおじちゃん、元気かなぁ?

更にもう一つ思い出したんですが、コッチの道の駅って案外ショボい。
青森に嫁の両親や義弟が来た時に十和田や七戸の道の駅の
充実ぶりに意味不明なぐらいに感動していたんですが、
宮崎に戻って道の駅に入ったらなんか物足りないのね。

青森に居た頃は道の駅までドライブってよくやっていたんですが、
コッチに帰ってからはそ~いうのやらなくなりました。

とりあえず適当に青森と宮崎の違いを羅列しますかね。

デカいショッピングモール
青森:イオンあり、ヨーカドーあり、マエダモールあり、ELMもある
宮崎:イオンと宮交シティぐらいかな?

温泉
青森:大抵何処にでもあるし、選択肢も多彩
宮崎:一つの街に1件、しかも入浴料500円以上

動物園
青森:無いだろ?
宮崎:フェニックス自然動物園がある!

水族館
青森:浅虫水族館がある
宮崎:別府or鹿児島まで逝かないと無い

風俗
青森:絶望的なぐらいに無い
宮崎:乳揉める店から抜ける店まで多彩、但し我輩には金が無いw

エロDVD屋さん
青森:東京書店ぐらいしか見たことがねぇ
宮崎:結構何処其処にあるんだなコレが

ポケストップ
青森:三沢市内は結構多かった、青森市内は街の割に微妙だった
宮崎:宮崎市内にイケばある、今住んでいる新富町は絶望的

ガンショップ
青森:ミウラ電波模型と工藤模型ぐらいか?パーツのみの供給は難
宮崎:JOKER一択、但しパーツ類がそこそこ売っている

悩みどころ
青森:地鶏とマンハッタンが売っていない
宮崎:せんべい汁用のせんべいが売っていない

結局、アレだけ恋い焦がれて待ちわびた宮崎帰還でしたが、
良くなったのはラーメン事情とサバゲー環境ぐらいです。

でもコッチには二郎系ラーメン、無いんですよねぇ。
新富の日高商店には置いているけど、なんか違うんだよなアレ。

サバゲー環境に関して良くなったとは書きましたが、
嘗ての同志プラスアルファとともにまた楽しくサバゲー出来ていると言うだけで、
新規の有料フィールドはまだエリア13しか開拓していないですし、
アッチに居た時と違って職場にサバゲーするっていう後輩とか全く存在しないので、
本当にサバゲー的な充実があるのかと言われると微妙なんですねぇ。

そーいや我輩、宮崎に戻ってからキャンプに逝ってねぇ。
でもね、外に蚊が居なくなったらキャンプしようと夏の期間に色々調べたんですがね、
芦野公園キャンプ場や小川原湖ふれあい村ほど充実したキャンプ場はない模様。
どうやらキャンプ環境に関しましても青森の方に軍配が上がるようです。

どうやら、まだ青森での楽しい思い出が脳裏にしっかりと焼き付いているんで、
宮崎よりは青森の方が楽しかったと美化されているだけなのかなと思ったんですが、
ざっくりと書き出しただけでも青森生活が結構充実していることが判明して、
「何で我輩、今ここにいるんだろ?」なーんて思う毎日なのです。
だがしかし、宮崎には我輩が昔から愛してやまないパン、
リョーユーパンのマンハッタンがあるんでそれで良しとしときます。
  
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Posted by 砥部良軍曹 at 22:29Comments(4)演説

2017年01月01日

おせちの哲学

毎回3度の飯(以下略)をご覧の同志の皆様、
唐突ですが正月におせち食いましたか?




我が家は一応、毎年嫁がおせちらしいものは作ってはいますが、
我輩自身は案外おせちなんかどーでもいいって思考です。

でも今年は実家に帰った時に母上が作ってくれた数の子とがめ煮、
そして黒豆と栗きんとんがあったんでソレらを持ち帰って詰めて糸冬了。

ぶっちゃけ、おせちの基本的なメニュって積極的に食うもんですか?
我輩はどーしても喰いたいのは黒豆と栗きんとん(栗含有量が高いものに限る)と、
蒲鉾(弾力があって味わい深いものに限る)ぐらいでしょうかねぇ


数の子も好きではありますが、だし汁に浸けたお約束のものよりは、
青森で昆布やスルメと絡めて漬け込んだ松前漬けにハマって以来、
「数の子の旨い食い方はコレが最強なんじゃね?」という
思考に切り替わってしまいましたが九州には松前漬け無いもんなー。

福岡の三越や大丸のデパ地下探してみたけど、見当たらなかったわ。
ああ、来年からは松前漬け自作してみるか。

余談ですが松前漬けに大根の漬物が入った“ねぶた漬け”は
食塩含有量が高すぎてご飯と食うには美味ですが単品で食うとしょっぱい。

他におせちに入るものとしてお約束のものとしましては
田作り、たたき牛蒡、紅白なます、煮しめ(福岡では“がめ煮”)、
鯛や鰤みたいな縁起のいい魚の焼き物とかを入れるのが定説ですが、
正直な話、そんなに色々必要じゃねぇし食わねぇよね。
がめ煮は嫌いじゃないですが、そげん沢山食わんでもよか。

話は横道に逸れますが、我輩のじいちゃんが正月に作ったがめ煮は旨かった。
アレより旨い煮物は今まで味わったことがないし、今後も無いんだろうなぁ・・・(遠い目)

我が家では前々から「1回ぐらいデパートとか美味しい料理屋さんとかで
おせちを注文してみようか?」
なーんて考える事も無いわけではないのですが、
マッキーの赤マジックペン握りしめておせちの見本の写真を見ながら
喰いたいものにマルを付け、要らないものにバツを付けると大抵の場合バツの割合率が多い。

つまり別に食わなくてもいいものしか無いという現実に陥るのです。

そんな事言ってると「好き嫌いせずに、なんでも食べなさい!」と言われそうですが、
嫌いなこと、好ましくない事ばかりやらざるを得ないこの人生、
せめておせち料理ぐらいは好きにしたいじゃないかというのが心情だと思う。

でもおせち料理とか幕の内弁当の中に「コレ、何故に入れた?」と
思うよーなモノが必ずと言うか、ほぼ確実に入っている理由は、
「世の中、好きなことばかりやっていても駄目なんだよ」という人生の縮図というか、
教訓的なものを具現化しているからなのでしょうかね?


ウチの嫁は前前前世が鯛だったらしく必ずおせちの中にエビを入れたがるんですが、
毎回嫁の作るエビ料理は微妙を飛び越えてエビが可哀想になるレベルなので、
「そんなにエビを不味く料理したら、エビは死んでも死に切れんぞ!」
「もし貴様の来世がエビになって、そんな悲惨な姿にされたらどんな気分だ!」と、
罵声を浴びせるけど状況が変わることがないというのが我が家の大晦日の風景。

しかしながらおせちのエビには「腰が曲がるまで末長く生きる」と言う
意味が込められているからエビに拘る嫁の姿勢は否定する訳にはいかないのです。

でもね、エビっておせちの概念が出来た頃には一般的な食材だったのかな?
今でこそ東南アジア産の養殖エビがスーパーに毎日並んではいるけど、
「おせち料理ウッハァー!」なんてほざいていた時代に普通に並んでいたのだろうか?
まあ、昔の人も正月はハレの日と言う事で奮発して購入していたのかなと言う事にしときましょう。

ところでおせち料理っていつ頃から食われるよーになったんでしょうかねぇ?
調べてみたらおせちの概念自体は弥生時代には存在していた模様。

当時の人々は作物の収穫を季節ごとに神様に感謝し生活の節目をつけ、
自然の恵みや収穫に感謝して神様に供えたものを「節供(せっく)」と呼ぶようにした。
そしてその時、供えたものを料理して大漁や豊作を願い、
自然の恵みに感謝して食べた料理を「節供料理」と呼ぶようになった。

この「節供料理」がおせち料理の始まりとの事。

その後、(いつ頃からかは不明)宮中で元旦や五節句の宮中行事の際に、
節会(せちえ)と言われる宴が催されるようになり、
節会で神様に供えたり振舞われた料理が御節供(おせちく)と呼ばれた。

そして時代が流れ、江戸時代になると庶民にもこの習慣が広がり、
御節供が一般的なものとなって今に至るというわけですな。
江戸時代後期ぐらいに今のおせちの原型的なものが具体化してきたようです。

因みに、御節供(おせちく)を“おせち”と略するよーになったのは、
戦後おせち料理をデパート等が商品化する際、
“おせちく”と言い辛いので“おせち”と呼ぶようにしたみたいなのですが、
そこら辺について言及している記載があまり見つからないのでソースは不明。

ところでこのおせちに入る料理の数々には、いろいろな意味が込められています。
数の子は子宝に恵まれるようにとか、黒豆はマメに生きるとか、
昆布巻きは「よろこぶ」だとか、ゴボウは深く根を張るから安泰を意味するとか、
栗きんとんは見た目が黄金っぽいから金運に恵まれるとか、
伊達巻は巻物に似ていることから「学問成就を願う」とかね。

上記のようにとにかく、こじつけ的な物が多いのがおせち料理の特徴なのですが、
コレはおせち文化が貴族から武士や庶民の社会にシフトした際、
縁起とか験担ぎに拘りを持つ武士の思想から来たものなのでしょうかね?
御節供が宮中の儀式だった頃の料理は一般的に知られる
おせち料理のソレとは大分かけ離れたものだったみたいです。

とはいえ、おせちがおせちである為には、
今後新しくおせちの中身の食材を増やすとなると、
おせちらしいこじつけが必要になると考えてもよろしいわけでしょう。


例えば、おせちにカニを入れる理由は「ハサミでガッチリ異性をキャッチ!」とか、
ローストビーフやミートローフは「ニクいね」とか、刺し身は生々しく生きるとか、
松茸は「巨根になりますよ~に」とか・・・あ?普通松茸はおせちに入れねぇか?
じゃあローストチキンは「世界に羽ばたけ!」いや、チキンの羽じゃあ飛べないか?
ウナギって正月料理に入れてもイイような気がするけど、駄目?

最近はおせち料理も多種多様で、洋風なものとか、中華風だとか、
唐揚げとかエビフライとかハンバーーグとかフルーツ盛り合わせとかが入っていて
「節子ソレちゃう!オードブルや!」みたいなのもありますが、
料理は時代の流れ&その時代の嗜好に合わせて変化するものだから仕方ないね。

我が家は今後もおせちはてめぇらが喰いたいものだけをブチ込んで、
それを楽しむというスタンスでやっていくのに変わりはないでしょうし、
正月の本質が昔に比べたら変化しすぎてしまった現在、
子供に対して「おせちっつーモンはこういうものなのだよ!」と
昔のお約束を強いる必要もないのかなと考える次第。

ただやっぱり、正月というハレの日を祝うという意味を込め、
おせちという形で正月料理を作るという姿勢は必要だと思います。
ま、結論といたしましては「正月ぐらい旨いもん食いてぇ」と言う事で。  

Posted by 砥部良軍曹 at 10:38Comments(0)演説

2016年09月08日

リア充?否!それが哲学!?

ウチの馬鹿息子、こないだ始業式で学校デビューしたにも関わらず、
既に何人か友達が出来た模様。
しかも、男子のみならず女子の友達までもいるというのだから何というリア充っぷり。
息子は本当に我輩の子供なのだろうかと言う疑問の前に、
息子のコミュ力の高さに唖然としております。


青森にいた時もそうでしたが、息子は学校の昼休みは野郎と絡んでいたようですが、
帰宅後は何故かおなごと遊ぶ事が多く、同じ社宅の同級生のみならず、
近所に住んでいるおなごが遊びに誘いに来るということも多々ありました。


だからと言って仲良く手を繋いで公園に遊びに逝くというわけでもなく、
ただ一緒に遊びに逝き、遊具で淡々と遊ぶだけ。
何度か息子と女友達との絡みを拝見したのですが、
その光景はリア充とは程遠くはないけど充実感を感じない風景でした。

息子は自らの意志でおなごと距離を縮めているのか?
それとも、おなごの方が息子に寄り付く理由があるのか?
何故に野郎の友達よりも、おなごを優先しているのか?


青森にいた頃、風呂場で腹を割って話を聞かせてもらったところ、
息子は人の質問を完全無視しやがって逆に質問を投げかけてきました。
「男の友達と女の友達、どっちが重要なんだろうね?」

そしてその質問に対して我輩が答えを導き出すよりも早く、こう言います。
「遊びが合うのは男なんだけど、話が合うのは女なんだよ」
「男と話をしていてもオレは◯◯をやっているからどーとか、
◯◯を持っているから何だとか、◯◯したことがあるだとか、
自慢話ばかりで面白くないし、為になる話がないから不愉快になる」
と。

確かに、野郎と言う生き物は大半が自分語りしか出来ない人種です。
いい歳こいても口を開くと自慢話か武勇伝しか出来ない人間は少なくありません。
何人の女と付き合ったとか、いいクルマに乗っていたとか、
貯金や資産がどれだけあるとか、こんな凄いコレクション持っているとか、
有名人や偉い人と知り合いだとか、仕事やスポーツでの実績等々。

そして自慢出来るモノが無いしょーもない人生を歩んで生きてきた野郎は、
架空の伝説をでっち上げて自分を飾り立てて悦に入る者も居るようです。

息子はそういう面白くない話をする人間がどうもお嫌いのようです。
まあそういう話しかできねぇ人間は普通に面白く無いんですが、
そういう思考はもう少し大人になってから感じるものかもしれないのに
年齢一桁にして既にそういう思考に陥るとは、何なんでしょうかねぇ?

でもね、女の会話も決して面白いものではないですよね?
だって女の会話の大半は「私は〇〇なんだけど、あなたはどう思う?」的な同意を求めるものや、
「今〇〇に興味があるの」的な野郎とは違うベクトルの自分語りが大半だからですからね。

でも小学校低学年の女子の会話はそんな陳腐なものではないらしく、
息子的には野郎の会話に対して「ふーん、凄いね」と答えるよりは
おなごの会話に対して「ふーん、成程」と答える方がいい模様。
しかし実際、息子的にもおなごと絡むのは容易では無いらしく、
会話や嗜好の相違とかで衝突も多々あるようでそれが前述の質問に繋がったのでしょう。

さて、野郎の友達とおなごの友達、どちらを重視すべきかという疑問に対する回答として、
我輩が導き出したのは勿論「おなご優先で逝け!」
いや別に、助平心からそう言ったわけではないですよ。

野郎としか付き合わずに生きていると人生の価値観が
持っている持っていない、凄い凄くない、偉い偉くないといったような、
勝った負けたの比べ合い、意地の張り合いになると思うんですよね。

でもおなごとの付き合いが若い頃からあればそういう価値観に囚われずに、
別の視点で物事を見つめることが出来るでしょうし、

何よりも有利な点は「この先の人生でおなごが欲しくなった時の練習になる(確信)」

どーせ息子も中学生ぐらいになれば自然の摂理に伴って
おなごとの付き合いを欲するようになるんでしょうから、
今のうちからおなごとの付き合い方をある程度学ぶために
おなごの友達を優先して作った方がよろしいと考えたわけです。

リーダーと野獣先輩の間柄のように趣味とか嗜好に対してお互いを認め合い、
尚且つ自身を高め合う事が出来る同姓の友人が居れば、
それが一番幸せな人生なのかもしれませんが世の中そう上手くは行きません。

まあそういう精神的に充実した友人関係は
社会人以降にならないと構成するのは難しいでしょうからね。

我輩自身、小学2年ぐらいまではおなごとの絡みもあって、
ニュートラルな人生を歩んできていたのですが、
それ以降の人生では野郎と絡む方が気が楽であると感じるようになり、
気がついたらおなごに接近する術を失ってしまい、
高校時代に男子校に通う羽目になったこと&その後野郎だらけの職場に入った事を差し引いても
結局27歳になるまでおなごを知らないまま人生を歩む羽目になってしまいました。

息子は己の信念に基づいた結果リア充化を目指していたわけでなく
己の気分が良い方向を求めた結果、現在の状況にたどり着いたのでしょうが、
考えるより感じることでそのような流れに結びつけた息子の神経を素晴らしく思いますし、
今後も周りの空気に流されない考え方を持って生きていて欲しいと願います。

余談ですが娘の方は相変わらず野郎の友達は居ないようですが、
女の場合は必要性を感じた時に野郎を求める思考があるでしょうから、
暫くは何もせずにそっと見守っておくことにしましょう。
まあそれ以前に、我輩自身がおなごとの絡みがなかったんで、
娘にそういう質問をされても困るんですがね。  

Posted by 砥部良軍曹 at 21:30Comments(0)演説

2016年07月31日

ありがとう三沢、そしてさようなら

こないだまで涼しくて快適な生活を送り続け、
「このままでは宮崎に戻ったら温度差で死ぬぞ」と危惧していましたが、
青森も7月末に入ってから日差しが強くなり、夏らしくなってきました。
でも夜は結構涼しくてエアコン無しでも寝られるのがいいですねぇ。

先週の金曜日は三沢での最後の出勤だったので、
お世話になった方々の居る職場を挨拶回りしてきました。
そしたらね、社宅に入って直ぐに我々一家に声かけてくれて、
家族ともにお世話になった方と出会ったんで色々話をしていたんですがね、
何か感慨深いものが込み上げてきて泣きそうになりましたよ。



とうとう我輩の三沢での生活も終わりを迎えます。
折角出会えた全国大会レベルのアフォウな後輩、貝社員ともお別れです。
ああ、宮崎の職場にはコイツと同じぐらい面白い後輩は居るんだろうか・・・



コッチに来て3年ぐらいは本性をひた隠しにして生きていましたが、
職場が変わったのをきっかけに本性を69%ぐらい出してみたら
そこそこ皆と打ち解けあうことは出来ましたが、妙な距離感も出来ました。



まあ何にせよ、我輩のようなボンクラを暖かく見守って
共に仕事してくれた職場の方々には感謝しています。割りとマジで。
多分我輩の居た職場の方々は月曜日に出勤したら口をそろえて
「やっとあの変態が出て行った」と言ってることでしょう。



宮崎に居た頃はセクハラ上司として憎悪されていた我輩でしたが、
コッチには飲み屋のネーチャンの股ぐらにマイクを押し付けるセクハリストな人が居て
「ああ、我輩もまだまだだな」と安堵の溜息をついたものですが、
野郎だらけのウチラの世界も最近は世知辛いらしいので
ソッチ方面は今後あまり強化しない方向で逝こうと思います。

とりあえず後輩の貝社員くんがこのブログ見てくれているようでしたら、
この写真を職場に拡散してくれるのキボンヌ。



今の仕事に就いて、多くの人達と仲良くなれるのはいいんですが、
問題は「出会いがあれば、必ず別れもある」と言う事。
濃密に過ごした時間が多いと別れるのも切なくなるんです。

宮崎の友人達は今回戻ることでまた友情を深め合うことが出来ますが、
コッチで知り合えた良き友は今後出会うことがないかもしれません。
日本は狭いとは言いますが、2000km離れていると結構遠いんです。

だから適度な距離感で付き合って別れが惜しくならないようにしていたんですが、
家族での付き合いがあるとそういうわけにもイカず、名残惜しさだけが付き纏います。



家族の付き合いなら我輩だけ適当に流しとけば済むんですが、
趣味の付き合いともなると本腰入れてガッツリ付き合わなければならないので、
そーいう奴らと別れるとなると物凄く惜しくて仕方がありません。
喩えるなら折角レベル99まで育てたドラクエのデータを消すよ~なもんです。

三沢で銃口を向け合った野郎共とピザを頬張っていると、
あの熱い戦いを繰り広げた日々が思い浮かんで、
小並ではありますが「あー、やっぱサバゲー続けていてよかったなぁ」と思うのですが、
今後コイツラと戦う事は無かろうと思うとなんだかなー。

まーソレよりも今後鯖芸部はどーなることだろうかという心配もありますが、
我輩に代わって今後の鯖芸部を仕切ってくれるG2が
新入部員を確保しているということなのでとりあえずは安心しときましょう。

でも、その新入部員の中に女子が居るという話を聞いて愕然。



あ、そうそう、三沢七夕まつりも逝って来ましたよ。
毎回言ってますが家の近くが祭りの会場ってぇ環境はいいもんです。
引越し準備で忙しいのについつい足を運んでしまいます。



2年ぐらい前からかなぁ?中居酒店では祭りの度に店の前でモヒートを販売しているんですね。
いつも飲みたくて仕方がなかったんですが何故か飲まなかった。
でも今回は我輩にとって最後の三沢の祭り!飲ませていただく!
500円玉握りしめて出来上がるのをwktkしながらスタンバイ。



ミントの葉を詰めたグラスにライムを絞り、ミントを潰す。
ソコにバカルディラムと砂糖(ココではガムシロップ)を注ぎ、
クラッシュアイスでグラスを満たし、ソーダを注いで出来上がり。

ミントの葉の青臭さと爽快感、ライムの酸味と香り、
そしてラム酒の力強い味わいと炭酸のシュワシュワ感、
これぞまさに夏のご馳走!暑い季節に旨い一杯!



我輩の三沢での最後を締めくくるに相応しい人物は誰だろうか?
ソコはやっぱり、15年前に浜松の研修で半年間共に過ごした、
ハルヲさんしか居ないだろうと
考えた挙句、
嫁さんと子供は七夕祭りに逝ってもらい、ウチラは久しぶりのサシ飲みを実施。
どれぐらい久しぶりかというと多分15年ぶりぐらい。



場所は”赤とうがらし”というこじんまりとしたスナックみたいな居酒屋。
そしてココの名物といえばママさん特製のチゲ鍋。
「チゲという言葉は鍋って意味だから」とかいう五月蝿いウンチクは黙殺する。



我輩とハルヲさんは食い物の好みは似ていますが趣味とか嗜好がかなり違うんで、
何処でどうやって噛み合っているのか解らねぇ時があるんですが、
でも何というのか、共に切磋琢磨し合った同期との語らいはいいものでした。
まだ明るい時間に店に入ったはずなのに、気がついたら9時を過ぎていてたよ。

そして7月31日、三沢での最後の日は引越し準備。
しかしなかなか作業が進まず、そしてやる気も起こらずという体たらく。
現実逃避にと三沢航空科学館にポケモン探しに出かけてしまいましたが、
流石に科学館前の”大空ひろば”の全部の飛行機にはポケストップはありませんでしたw
でも我輩が好きなファントムがポケストップだったのが嬉しかった。

そして夕方は七夕祭り会場に逝って、
最後にマッシモのピッツァでも食おうかと思ったら雨が降ったので、
「じゃあどこでメシ食う?」「でも三沢のイキたい店は全て制覇したしなぁ」と考えた挙句、
十和田の”すぱげ亭”まで逝ってメシの後はせせらぎ温泉。

最後の日を十和田で〆た我輩が言えた義理ではありませんが、
ぶっちゃけ、三沢って過ごしやすい環境だった。
難点はたまに大雪が降るのと地鶏が食えないことぐらいでしたね。

その大雪も2年前からはとんとご無沙汰だったから、
ガチで積雪に悩まされたのはほんの数回だった気がします。
寒くて灯油代がかかることは少々ネックでしたが、
他の季節は過ごしやすくて実に快適だったんです。

涼しい、魚旨い、祭りもある、酒もある、そこそこ街である、最高じゃないか三沢!
三沢で物足りなければ少し足を伸ばせば十和田、
もう少し足を伸ばすと八戸があるという立地条件も気に入りました。
来世で生まれ変わるなら青森人、いや三沢人になりたい。
ソレぐらい東北のこの地が気に入りました。


でも我輩は九州人、身内や人生の基盤は全て九州なんです。
やはり親や親戚が近くにいる環境に住む方が気が楽なんですよ。
だから三沢での楽しい日々と過ごしやすいに環境に感謝はすれども、
我輩を育てた九州に戻らなければならんのです。

ま、宮崎戻って冬に突入して暫くしたらこのブログで
「あー宮崎冬でも温かいわ~南国最高!」とか
「とんこつラーメンが食える九州大好き!」とかほざいているはずなんで、
そーいう記事を見つけたら「人間って身勝手だなぁ」と毒づいてて下さい。  
タグ :魂の叫び

Posted by 砥部良軍曹 at 17:09Comments(10)演説

2016年07月25日

ポケモンって本当はグレートなモンスターだよな



7月22日以降にポケモンGOとか言うゲームが日本でも配信されて以来、
スマホ持って公園とか郵便局とかウロウロしている輩が増えましたねぇ?
歩きスマホしている輩の画面をしれっと見てみたら
十中八九ポケモンGOヤッているから驚きです。



昨日、近所の三沢中央公園行ったんです。三沢中央公園。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで駐車場にクルマ停められねぇんです。
で、よく見たらなんかスマホ持ってる輩が公園に大挙してやがるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。



お前らな、ポケモンGO如きで普段来てない三沢中央公園に来てんじゃねーよ、ボケが。
ポケモンGOだよ、スマホのアプリゲーム。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人でポケモンか。おめでてーな。
「よーしパパ、モンスタボール買うために課金しちゃうぞー」とか言ってるの。もう見てらんない。



お前らな、スマホアプリゲームだけのために公園うろついてんじゃねぇよ。
三沢中央公園ってのはな、もっとほのぼのとしてるべきなんだよ。
遊具で遊んでいる子供たち同志が何の脈絡もなく意気投合する。
持ちつ持たれつ、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。野郎どもはすっこんでろ。

で、やっと駐車場にクルマ停めて公園に入ったと思ったら、
隣の奴が「レアポケモンゲット!」とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。

あのな、「ポケモンゲット!」なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何がポケモンゲット!だ。
お前は本当にポケモンGOを楽しんでいるのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、レアポケモンゲットしたぜって友達に自慢したいだけちゃうんかと。



一方、ポケモンより妖怪ウオッチが好きなバカ息子は、
「オレはポケモンじゃなくてノケモンなんだよバカヤロウ!」とは言ってませんが、
ポケモンシカトでブランコを占領してジャパニーズナンパを実施したものの、
金髪美女の英語という言葉の壁に阻まれて進撃できなかった模様。

ざっくり説明するとポケモンGOとは任天堂の関連会社である
“株式会社ポケモン(ポケモングッスを販売する会社らしい)”と
アメリカのナイアンティック(ゲーム会社みたい)により
共同開発されたスマホ用のアプリゲームです。

だからポケモンという名称は付いているものの、任天堂無関係。

普段ガキしか居ねぇ公園にいい歳こいた大人が大挙して押しかけるぐらい
多くの輩がドハマリしているゲームなので
今更どーいうゲームなのか説明する必要はないのでしょうが、
ザックリと言うと「外でウロウロしているポケモンをゲットするゲーム」。

スマホのGPS機能とアプリが連動して現実の地図がスマホに表記され、
地図上に何処其処にポケモンが現れてくるので
それにモンスターボールぶつけてポケモンゲットだぜ!しちゃうの。

じゃあ何で公園にスマホ片手に人が集まるのかというと、
公園がポケストップというアイテム集められる場所に指定されているので、
そこでアイテム集めながらポケモン捕まえる為に群がるんですね。


小さい公園の場合は公園の看板のところだけがポケストップなのですが、
三沢中央公園の場合は看板以外にも遊具とか東屋とか、
その他隣接する図書館や公会堂がポケストップに指定されているので、
ココらへん一帯を時間差でウロウロするとエンドレスでアイテム集め出来るんで、
大量のポケモン廃人候補生どもが集まっているというわけなんですね。

公園以外にも駅とか名所とか郵便局がポケストップに指定されているので、
スマホ片手にそーいう場所ウロウロしている輩はまずこのゲームしていると言う事。

そして街のひょんなところにある“ジム”でポケモン同士を戦わせるのが最終目的らしいのですが、
ソコに至るにはウロウロしながら集めたポケモンをアイテムでパワーアップさせたり、
プレイヤー自身がポケモン捕まえながらレベルアップしたりとかしないとイカんので、
皆さん必死にポケモンとかアイテムとか集めているんですねぇ。

なので、このゲームを楽しくプレイするためには重い腰を上げて服を着替え、
身だしなみもそこそこ整えてから靴を履いて家のドアを開けて
このクソ暑い季節だというのに外に脚を踏み出す必要があるのです。

(基本、建物の中にはポケモンは出てこないし何も出来ねぇので、
引き篭もりにとっては実に過酷なゲームかもしれないw)



我輩的にはこのポケモンGO、「ゲームなのに外に出ないといけない」という、
ゲームの常識と相反する部分が面白そうだったのと
「このビッグウェーブに乗るしかない!」みたいな気分で
ポケモンに関してまったく予備知識もないままダウンロードしちゃったんですが、
いやーこのゲーム、なかなか熱くなりますね。iPhone本体がwww

でもポケモンをお出かけ先で集めるというコンセプト、
そのポケモンが何処に出るのか解らんワクワク感、
リアル世界に出てくる未知の生命体という現実+非現実が案外おもろい。


ただ、ポケモンを色々と捕まえはしたものの、
コイツをどうやって料理するのか、つまり攻略法が不明。

とりあえずそこら辺でよく見かける“ポッポ”とかいう鶏肉を狩りまくって、
1匹残して他はコイツを博士に送りつけてアメをもらいまくり、
アメを使って進化させると経験値がドバっと貰えるのだけは判明。

要は進化するのに必要なアメの数が少ないポケモン、
前述の焼き鳥とかビードルとかキャタピーとかを進化させて、
ソレで経験値を上げるのが攻略の第一歩なんでしょうね。

そして心の余裕が出来たところでポケモンをパワーアップさせる。
パワーアップさせたポケモンはジムに送り込んで道場破りするか、
高スペックになった姿を画面で見つめながらニヤニヤする。
結局スマホゲームなんて自己満足的なそ~いうもんでしょ?



ただ、「ポケモンもそろそろ下火なんじゃね?」な時代に生まれた娘なんかは、
そのゲーム性に対しては面白いと感じはしたものの、
ポケモンの名前もあんまり知らねぇし興味もそれ程でもないし、
ソレ以上にゲームごときで公園ウロウロするのがダルくなったのか、
20分ぐらいで飽きてしまったというか、どーでも良くなった模様。

まあ実際、このゲームにドハマリしている主な年齢層は、
ゲームボーイとか3じゃないDSのポケモンのゲームに
リアルタイムでドハマリした20代~30代のいい歳こいた連中でしょう。


でも時々、我輩ぐらい~それ以上の年齢層のプレイヤーも見つけちゃったんで、
話題にのっかって惰性でプレイしている輩も多いんでしょうねぇ。
でもまあ、日本人という生き物は集める系ゲームが好きな性格らしいんで、
今後も暫くはポケモンGOの為に街をウロウロしている暇人が増える一方なんでしょうなぁ。

と思ったら米軍と思わしき外人集団まで中央公園に集合している。
アメリカンもポケモンが好きなのか?アイツラの思考は解らん。

追記:22時ぐらいに腹が減ったので夜食買いに外に出たところ、
三沢中央公園のポケストップの至る所でルアーモジュール使用中の
ハートなのか花ビラなのかのピラピラが出ていたんで、
「ああ、ポケモントレーナー共必死だな・・・」と思ったものです。

そう考えるとポケモンってどんだけ皆のハートを
ガッチリ鷲掴みにしているんだって話ですよね?

コレ多分、オリジナルのキャラだったならここまでユーザ居ないはずですよ。
ポケモンだからココまで話題が膨れ上がった。
そう言っても過言ではないでしょうし、間違いではないはずです(確信)。

でもね、我輩は一部の方々が声小さめに言っているように、
コレがポケモンじゃなくて女神転生だったらもっと面白いだろうになぁと思います。
ああ、現実世界でピクシーとかジャックフロストとかネコマタ捕まえてぇ。
そして合体させてオーディンとかヴィシュヌとかガブリエル作りてぇ。
んで、その作った仲魔集めてマーラ様とかベルゼブブ倒しに行くの。


とはいえ、誕生からすでに20年ぐらい経っているというのに、
未だに世界中で大人気のポケモンは本物の怪物としか言いようがねぇな。

最近勢いに乏しい我輩の亀型ポケモンとは大違いじゃのう。

余談ですが我輩はポケモンに関して全く知識がありませんが、
一番好きなポケモンは黄色い電気ネズミじゃなくてゼニガメです。
裏ワザで初めに捕まえられるポケモンをピカチュウにするというのがありましたが、
我輩は有無を言わずにゼニガメ一直線だったね(迫真)。
ゼニガメ可愛いんで進化させて化物にしたくねぇ。



モンスターボールのストックがないとポケモン集めが捗らないので、
鈴木さんからモンスターボール4個もらいました。
しかし鈴木さんもポケストップとして第2の人生を歩むとは思わなかったでしょうねw

帝都周辺みたいに数十メートルごとにポケストップ配置ではないものの、
三沢市は街中の色んな所にポケストップが設置されているので、
アイテム集めもモンスター集めもそれなりに捗る良い環境なのですが、
公園もない、郵便局もない、名所もないよーな場所に住んでいると、
ポケストップがないということでこのゲームをヤる環境には適していません。

実際、こないだ浅虫にウニアワビ丼食いに逝った時、
野辺地とか平内辺りをリビドー号で走っていてもポケストップ殆ど無かったし、
少し辺鄙な道に入るとポケモンも殆ど出てこなかったもんなぁ。

余談ですが国道や県道でも主要道路なら出やすいようですが、
広域農道とか画面上に出てこない道路とかではポケモン出てこない模様。

8月から我輩は周辺に畑と田んぼと牛しか居ないよーなところに住むので、
ポケモンGOに関して完全に負け戦状態でございます。

新富だと役場周辺ぐらいしか遊べそうな場所なさそうだよなぁ・・・
西都原古墳群ならポケストップそこそこあるのかなぁ・・・あるといいなぁ・・・

少なくとも我輩の8月以降の居住予定地である
上新田中学校付近にはポケモン居ねぇんだろうなぁ。



スカイプラザのポケストップついでに正門前をウロウロしていたら、
え???三沢基地の中にもポケストップあんの?
しかし基地内は民間人は入れない未知のエリアッー!
ポケストップってどーいう基準で設けられているのか全く理解不能です。

三沢市内は他にも魚の絵が描かれたマンホールとか商店街のシャッターの壁画とか、
マッサージ屋の入り口の人形とか謎なところがポケストップになっています。
ヒョットしたら日向新富駅のT-33もポケストップがあるかも?

追記:新富駅前のT-33はジムでした。びっくり。  

Posted by 砥部良軍曹 at 12:28Comments(6)演説サバゲー以外の趣味

2016年07月12日

仁義なき引越し業者選び

こないだの送別会で我輩がブログやっていることが大々的にバレて、
どーしようもねぇ恐怖感に襲われている砥部良軍曹ですが、

目の前に転勤が迫っている状況下、余計なことは考えないことにします。
そうだいいこと思いついた、ブログのタイトル変えちまおうw

とか言いながら23時過ぎたら嫁やクソガキ共の目を盗んで
余計なことをしながらティッシュを使いまくっているのですが、
勘違いするな、性欲を放出しているんじゃなくて、
引っ越しの際の荷物を減らしているところなんだよ(迫真)。

そんな事よりももうすぐ青森から離れると思うと、少々名残惜しい。
ぶっちゃけ、雪が降る事と人間のノリが九州人と相反すること以外は、
青森は過ごしやすくていい土地だったと心の底から思っています。
でも雪も沢山積もれば遊びに使えるし、何だかワクワクする。
人同士のノリは合わなくても、九州人程ひねくれてないし何気にフレンドリー。

しかし何よりも青森のステキなところは、7月でも涼しい!
昼間は流石に日差しが強いんで暑いですが、日陰に居れば涼しいんです。
夏は日陰でも熱いのが九州のデフォですから、我輩的にこの涼しさはありえねぇ。
ああ、宮崎に戻ったらまずはエアコン買いに逝かなきゃ(使命感)。

しかし、エアコンよりも一番考えなければならないのは引越しのこと。
引っ越す場所はまた社宅に入ればいいやと考えているのでその辺に置いといても、
家財道具を運ぶ手段、引越し業者をキメなければいけません。

我輩が宮崎から青森に転勤する時は3月末という引っ越し真っ盛りのシーズンだったので、
業者の選択肢は3社ぐらいしかなく、そのうち1社はトラック輸送なので少々お高め、
もう1社はJRコンテナ2個じゃねぇと受けないの一点張りで話しにならなかったので、
結局1コンテナ30万円で引っ越ししますよと言ってくれたハトのマークに即ギメだったんですが
今回は引越しシーズンオフの8月の転勤なので、業者は選び放題。
そこで思いつく業者に片っ端から電話して、話がついた6社に見積もりを実施。

余談ですが以前ハトのマークで引っ越ししたんで
帰りもハトにしちゃおうかと思って嫁が電話したんですが、
嫁曰く「応対が凄く・・・イヤな感じだった」というので今回はスルー。
やっぱ遠くへの引っ越しって、業者的に美味しくないから受けたくねぇのかなぁ。

もう一社、パンダの引越し屋さんにも連絡してみたらしいのですが、
「引越し先の住所が決まっていないとヤらねぇよ!」と言われたのでココもスルー。
余談ですがこの引越し屋さん、初期の時点で見積もり相当ふっ掛けるらしい。
ていうか宮崎から青森に引っ越す時、「そちらに頼むと大体どんぐらいかかりますか?」
と聞いたところ、「60万円」と言われて愕然とした前例アリ。

先陣を切って見積もりに来てくれたのは上戸彩の引越し屋さん。
我輩の汚ねぇケツの穴、じゃなくて汚ねぇファクトリー兼寝室(万年床)まで見られて、
叩きだした見積もりの金額はJRコンテナ2つで35万円。

事前の調べで“3LDKだとコンテナ2個が相場”と認識していたので、
宮崎から青森に来るときに同じ業者から「コンテナ2つで40万円」と言われた我輩としましては、
「ほほー、シーズンオフだと5万円は安くなるんだ」という気持ち。

しかし馬鹿嫁は「来た時に比べるとソコまでデカい荷物も増えてないし、
壁に穴あけないと使えないストーブやボロボロのソファーは捨てるんだから、
コンテナ1つでどーにかならんのか?」と突っぱねるのですが、
上戸彩の引越し屋さんは「ソレを考慮してもコンテナ1個+アルファですね」と言います。

次に来た業者は劇的ビフォーアフターのあの引越し屋さん。
我輩のヘソの穴、もとい、ヘソよりも汚ねぇ押し入れまでじっくりと観察された挙句、
提示してきた見積もりの金額は39万円とかなりの高値。

どーやら0123さんは宮崎の営業所が都城にあり、
我輩一家が引っ越す新富から離れているので手間がかかるのと、
「丁寧な引越し作業」に念頭を置いているのである程度費用がかかるとのお話。
まー確かに、家をリフォームする例の番組でも引っ越しの作業の際、
壁や床にシート貼ったり家財道具とかビシっと梱包してますもんねぇ。

ピアノとか高価な絵画とかあるんならココに頼むのが一番なんでしょうが、
我が家には丁寧に扱って欲しい家具なんてパソコンとテレビぐらいしか無いので、
「スンマセン、ウチの要望とは少し違うようですね」とやんわりとお断り。

ただウチに来てくれた人、凄くおしゃべり好きな人だったようで、
「家をリフォームする番組の仕事の時はそのリフォームする家のある
地域で凄腕の連中やベテランばかりを招集してヤるんですよ」とか、
「テレビの都合に合わせて人員を割かなければならないんで、
忙しい時に被るとその地域の引越が大変なんです」といったよーな裏話を聞かせてくれました。

そして0123さんでは家電類も販売しているということで
「引っ越しを頼まなくても、家電はこの価格で売りますよ」といい、
引越し後にエアコンの取り付けもしてくれるらしいのですが、
エアコンは電気屋で買って電マ野郎様に付けてもらったほうが安上がりかな?

同じ日の午後に盛岡から来てくれたハート引越センターは
「遠距離の引っ越しはJRコンテナ準備しないといかんので断るんです」と前置きをしたものの、
でも近場で仕事を請け負ったからついでに来ましたと言いながら、
ザザッと家財道具を見てざっくりと見積もりを出しますが、
具体的な金額は言わずに「他の引越し屋さんはどれぐらいの金額出しましたか?」
「ウチでは頑張って0123さんと同じぐらいですかねぇ」と言うだけに留めます。

でも「遠距離の引っ越しは全国規模でヤッている会社に頼む方がいいですよ」とか、
「〇通さんのその見積もりは高いですね、もう少し安くなるはずです」とか、
「量的に微妙ならコンテナ1つと単身パックという手段もありますよ」とか、
「宅急便のあの業者さんには見積もりに来てもらいましたか?」とか、
「あと、八戸通運という業者さん、あそこも引っ越しヤりますし結構安いですよ」などなど、
たった10分の間に有益な情報を大量にリークしてくれて何だったんだあの人?

早速上記2社に電話したところ、宅急便さんが明日来るというので早速来て貰います。
そしたら今まで来て頂いた業者さん達はタブレット片手に見積もりをしていたのに、
宅急便さんは紙と鉛筆で静かに見積もり実施。提示金額コンテナ2つで36万円。
でもやっぱり嫁は「どーしてもコンテナ2つじゃないとダメですか?」としつこい。
そして宅急便さんも他社と同じよーに「もっと荷物減らさないとダメですねぇ」。

嫁はどーしてもコンテナ1個まで荷物を減らしたい気持ちが強すぎるのですが、
コンテナ1個増えることで生じるマネーはプラス10万円ぐらい。


その10万円を惜しんでコンテナ1個で済ませるために
10万円以上の家財道具を捨てるようでは本末転倒なのですが、
女という生き物は本能で考えると言うよりは目先の考え方しか出来ないらしく、
宅急便さんが去った後、バカ嫁はずっとどの荷物を減らすか悩みまくり。

転勤が決まりかけた時点でタダで貰ったFF式のストーブは宮崎では必要ない、
3万円のソファーは表面の合皮がボロボロになったと言う事で捨てるつもりでしたが、
ソレ以外にも3万円のテーブル&椅子4脚、メタルラック2つ、
そして10年前に買ったんで金額覚えていない乾燥機を処分することを決定。

でもさ、テーブルとか乾燥機は出来ればあった方が良くねぇ?
乾燥機はぶっ壊れても電マ野郎様に修理してもらえばいいしw

我輩的には余裕と金額を考慮しても、コンテナ2つで妥協するのがいいと思うんですがね。
それに、コンテナ2つにすれば軽さの割にかさばるテーブルや椅子も持っていけるんで、
バカ嫁がわざわざコンテナ一つに拘る意味が解らねぇ。
ま、後々「やっぱこうしとけばよかった」と嫁がブツブツ言いやがった暁には、
嫁の汚ねぇケツをビンタしながら「だからオレの言うことを聞けって!」と叫ぶだけなんですがね。

そーいえば世間では「偏差値が10違うと話が噛み合わない」という定説があるらしいです。
そこで我輩が卒業した東福岡高校と、嫁の母校妻校との偏差値を比べてみたところ、
やっぱ10ぐらいの違いがあったんで道理でウチラ、話が噛み合わねぇはずだ。
でも東って偏差値58もあったっけ?我輩55で入れたんだけど・・・

閑話休題。
嫁が“断捨離”という何やら昔からあるよーな仏教的な言葉ではありますが、
実は“やましたひでこ”とか言う「余計なものを捨てたがるババァ」が
ヨーガの行法から作った造語
を必死に実践しているところに
青森を代表する引越し業者、三八五引越センターさん来場。

因みにこの三八五引越センターさんのCMというのが、
ソプラノ歌手の小渡恵利子さんという人が「だ~いじょ~うぶ~♪」と歌うという
3回ぐらい見た後には夢にまで出てきそうなCM
なのですが、
見積もりをしてもらったところ、コンテナ1つで24万円?

え?コンテナ1つでいいの?他のところはどう頑張っても2つと言っているのに。
思わず我輩、「本当にだ~いじょ~うぶ~♪なんですか?」と聞き返そうとしましたよ。

ただ問題なのは、三八五引越センターさんは九州には支店がないので、
後から何かあったとしても対応してもらうのが難しいであろう事。
そして単身パックは関東までしか受け付けていないという事。
でも応対はココが一番良かった気がする。

最後にやってきたのは八戸通運さん。
他の業者さん同様、タブレット片手にサクサクと見積もりを実施して、
出してきた金額はコンテナ1つだと20万、2つでも29万という破格のお値段。
まさか一番最後に来てくれたところからベストプライスが飛び出すとは思わなんだ。

ただ、八戸通運さんは単身パックはやっていないということなので、
1コンテナで発注した場合、荷物が余ると('A`)マンドクセな状況に陥ります。
但し、現時点でココが一番安いというのは紛れもない事実。

さて、全ての業者さんの出してきた見積もりとにらめっこしながら、
どうやって交渉して、どの業者に決めるか検討することにします。


ブラックキャットの引越し屋さんとのやり取りを終えた時点で我が家的には
「多分コンテナ1つは無理だろうから、コンテナプラス単身パックで逝こう!」
と言う考えに至ったので単身パックの使えない業者は糸冬了の方向で。
でも2社の青森の引越し屋さんが出してくれた金額は
他の業者との交渉に大いに使わせていただきます。

そして残念ながら、金額がお高い0123さんは頼まない方向で。
まあコレにつきましては0123さんが悪いのではなく、
営業所の少ない田舎に引っ越すというのがネックだったんですがね。
余談ですが0123さんは和歌山には営業所がないので、
和歌山への引っ越しの相談は丁重にお断りするとの事。

そうなると我が家の要望に合致する「安くて、単身パックがある」業者は、
上戸彩の引越し屋さんとブラックキャットの引越し屋さんの二択。


そこでこの2社に「☆☆さんは29万円って言ってます」とか、
「〇〇さんはコンテナ一つでイケるっていうんですよ」とか、
色々と揺さぶりをかけて値引き交渉を試みるのですが、
アベノミクスでそこそこ景気が回復しつつある状況とはいえども、
景気が良くないこのご時世、流石に馬鹿みたいに値段が下がることはありません。

余談ですがウチの職場のバター炒めにしたら旨そうな名前の後輩が
クルマを買い換えるということで日産にエクストレイルを見に行ったところ、
しょっぱなの時点で50万近く値引いてくれたらしいですが、
オデッ〇イとアウト〇ンダーは10数万円しか値引いてくれなかったらしいです。

マツダのCX-5もマツダのくせにあんまり値引きしねぇらしいんで、
今の御時世、日産以外は景気が良くないんでしょうかねぇw
もっと景気が良さそうな愛知県の会社はどーなんでしょうか?

閑話休題。
結局、2社ともコンテナ1つ、単身パック1つで話をつけたものの、
嫁曰く、対応が良かったということで上戸彩の引越し屋さんに決定。
金額はコンテナ1つで20万円、それに単身パックを付けて合計26万円。
ブラックキャットは同じ条件で同じぐらいの金額を提示はしてくれたものの、
最後まで「コンテナ2つじゃないとダメっしょ?」と言い続けたのと、
しぶしぶ感あふれる対応が少しイラッとしたそうな。

とりあえず、要らないものは嫁がリサイクルショップを呼びつけて引き取ってもらうも、
ストーブと乾燥機は古くて買い取れないと言われて計6000円の処分費用を取られました。
ラックやテーブル、イス等はどれも1000円以下で売れた模様ですが、
やっぱテーブルぐらいは確保しても良かったんじゃね?
スタッドレス用のテッチンホイールも宮崎では必要ないので処分。コレは1500円で売れた。

我輩も嫁から色々とコレクションの処分を迫られておりますが、
唯でさえ現時点で電動ガンはマルイ89式カービン、A&KのMINIMI、
マルイM4魔改造オリンピックアームズ93、無理やり電動化したマズライト、
次世代AKS74、マルイAK74魔改造SMG、CYMA次世代?AK47、CYMA製RPK、ARES製PPSh41、
ICS製M3グリースガン、CYMA製SVD、ファントムステアーしか持っていないし、
他はショットガン3丁(ベネリM4、M870、CA870)、ボルトアクション1丁(SW製M24)、その他A&KエアコキSVDぐらい。
その他ハンドガンは10丁しか無いと言うのにこれ以上減らされたらたまったもんじゃねぇ。

大体、電動ガン、長モノ全て処分してもコンテナ半分相当も減らないでしょうが、
電動ガンこれだけまた買い直すとなるとコンテナ3つ分ぐらいの費用がかかるんですぜ。
明らかに我輩の方が損しているっつーの。

とりあえず着られなくなった迷彩服と普段着(当然ミリタリーなやつばかり)を
ダンボール1個分ぐらい処分しましたが、もっとどーにかしろと迫られております。
ま、我輩は一歩も譲るつもりはありませんがねwww  

Posted by 砥部良軍曹 at 21:03Comments(7)演説

2016年06月22日

40過ぎると小中高時代の同級生がどーなっているのか気になる

人間、社会に出て大人の人間との交流をすることで、
自分自身の思想も自然に高まって大人になるのかと思っていましたが、
己の何処かに「子供のままでいたい」という思考がある限り、
何時まで経っても大人になれないんですね。
どーも、本日で42歳になってしまった砥部良軍曹です。

さて、40を過ぎた辺りから大半のノンケ共は己の身体の事、
血液検査の結果とか、血圧とか、その他諸々病気になる危険性とか気になるんでしょうが、

我輩の場合はBMI30近くあるにも関わらず全ての検査をクリアしており、
「ジオンはあと10年は戦える!」な状況なのでそーいう心配は皆無です。


ま、我輩の場合は年金貰う頃ぐらいまで生きていればいいや程度の、
生に対して欲のない思考であります(その代わり性に対しては欲だらけ)ので、
今更健康の為にどーするなんて思考はミジンコ程も無いわけなのです。
だから何も考えずに食ってばかりの毎日を送ってしまうんですね。

しかしながら我輩も肉体的にはデブでダメダメではありますが、
内部は至って健康という事で、つい余計なことを考えてしまうのです。
それは・・・他の連中はどーなんだろ?と言う事。

小中高の頃、仲の良かったアイツとか、可愛かったあの子とか、
まだ生きているのかなーとか、どんな仕事しているのかなぁとか、
何処に住んでいるのかなぁとか、見た目どんぐらい変化してんのかなーとか、
結婚しているのかとか新居構えちゃってんだろーかとか、
マジでどーでもいい事なんでしょうがふと考えてしまうのであります。

最近“レモンハート”のドラマ第一話の“再会”で石橋蓮司さんがマスターに向かって
「人生で一番いい出会いは何だと思う?それはね、再会だよ」と言うのを見て、
「うんうん、そうだよな」と思うと共に過去のクラスメイトとの
再会をしてみたいという願望が湧き上がったというのもあります。

ま、小中高時代にリア充だった連中は社会人になっても、
仲良し連中との付き合いがあってたまに顔を合わせて情報交換しちゃうとか、
同じクラスや学年の異性と付き合ってヤっちゃって結婚したりとかで、
そこそこ付き合いとか繋がりを維持しているのかもしれません。

でも我輩は小中高時代はどーしようもないぐらいノンフレンドな人生を送っていましたので、
そーいう過去の付き合いなんてぇものは小中高ともに一緒に過ごした憲ちゃんぐらいしか居ないし、
転勤で福岡から2000km離れた青森に来てしまった今現在では
その繋がりも薄れてしまっているわけなのでございます。

多分小中高時代のリア充連中は同窓会とかちょくちょく開催して
近況報告とかしちゃって和気藹々としているんでしょうが、
我輩はクラスで日陰の存在だったんで完全シカト状態のままです。

とはいえ、我輩も20代半ばぐらいまでは自分自身の趣味の事、
20代後半ではようやく出来た彼女(今の嫁な)の事とかで精一杯だったが故に
過去の友人のことなんか考えることも全くありませんでした。

だから同窓会の話が来ないことに対しても別になんとも思わなかったし、
福岡に帰ったとしても親兄弟とのふれあいさえあればそれで充分でした。

でもね、結婚する前に小学校高学年~中学時代の友人の哲ちゃんが
未だに実家に住んでいるという情報を母上から聞いた時、
ふと気になってしまって会いに行ったことがあります。

哲ちゃんは体育と美術以外は常に成績優秀で
中学卒業後は大堀高校⇒九州大学⇒大学院まで逝ったという
ノータリンが故に大学進学を諦めてしまった我輩にとってはまさにエリート中のエリート。

しかし30歳を前にした頃に久しぶりに会った彼は「特にやりたいこともない」と言う事で
何の職にもつかずにブラブラするという毎日を過ごす人間になっていました。

かつて美術と社会の成績以外は勝てなかったライバル?の
落ちぶれたというか、社会に馴染めなかった姿を目の当たりにして、
「敢えて会わない方が友人同士のままでいられたのかも」と考えちゃいましたね。

その後30歳で結婚して、直ぐに子供も出来て、2人目も種付けを終えて、
過去のことを思い出す余地もない人生を過ごしていたんですが、
三沢への転属の話が来て九州を離れる事が決まりつつあった頃、
ゴォルデンウィィク休みで福岡に戻った時
これまた母上から同級生の情報を耳にしたんで
実家の床屋を継いでいるというゲジマユの元に髪切りに逝ったんですね。

そしたら我輩よりもリア充度が高かったはずの彼は仕事に翻弄される毎日で、
嫁を作る余裕もなく人生を過ごしてはいたものの、
中学時代の友人とは未だに付き合いがあった模様で
我輩が福岡を去った後の友人情報とかを入手出来て有意義な再会になりました。
ただ、我輩が例の髪型(ジャーヘッド)を所望したのにゲジマユは面食らった模様w

上記二回の再会以降、過去の友人と会おうという気持ちは起こることはなく、
また、両親が湯布院に移住してしまったために過去の友人の情報も耳にすることもなく、
そのまま己の人生のために三沢に転勤して今に至るのですが
40を過ぎた現在、再び小中高時代の友人の動向が気になってきました。

今の御時世ならFacebookとかツイッターとかやってる
過去のクラスメイトや友人が居ることでしょうから、
卒業アルバムで片っ端から同級生の名前を検索して
何人かは探し当てることも出来るんでしょうが、
そこまでして超中高時代のクラスメイトの動向を知りたいと思うわけでもないですし、
それ以前に小中高の卒業アルバムは実家に放置プレイ状態。

でもまあ、我輩自身、小中高時代華やかな人生を送っていたわけでもなし、
沢山の友人が居て楽しく学生時代を過ごしていたわけでもなし、
我輩の人生では宮崎に来てサバゲーを本格的に初めて、
多くのサバゲー仲間と遊んだことが今までの友人関係の中で一番楽しかったが故に、
未成年時代の過去のことなんか実はどうでもいいのかもしれません。


ま、地元の友人との深い付き合いがなかったが故に、
今の仕事に就いて故郷を離れる事に対して不安もありませんでしたし、
宮崎で嫁を見つけて宮崎に住み着くことにも抵抗がありませんでしたし、
転勤で九州から遠く離れるのも面白そうだと思いましたし、
再び戻りたいと思う土地は福岡ではなく宮崎なんだという気持ちにもなりました。
戸籍だけは福岡のままですが、福岡にも過去にも未練がないのが今の我輩です。

過去を振り返ると己の過去に誇るものがないという悲しさはあるものの、
だからこそ今に生きることが出来るという我輩の人生。

過去の栄光にすがりつく余地のない人生が
我輩をここまで引っ張ってきたと自負するのです。

そして40を過ぎてようやく人並みの人生を得ることが出来た我輩、
やっとアイツラと同じ並びに立てたという感情が再会への願望に至るのでしょう。

まあでも、我輩は昔からフケ顔だったから顔に変化はないんですが、
他の連中は歳相応に変化しているだろうから我輩自身誰が誰だか判らないかもねw  

Posted by 砥部良軍曹 at 02:09Comments(2)演説

2016年04月17日

やはり、九州人は今度の選挙で野党に入れたらイカンですわ

今度は・・・今度は九州かよ・・・
熊本に震度7の地震が来やがったというニュースを見て
「我輩、九州に帰れねぇかも」と思いながら愕然とした砥部良軍曹です。

地震降臨後の熊本市内の様子をテレビで見ながら
案外建物が破壊されていないのを見て少しは安心したものの、
熊本市のお隣の益城町は多くの建物が崩壊しており、泣きそうになるレベル。

当日の夜、地震で揺れる熊本城が煙出していたから何事かと思いきや、
次の日のニュース見たら瓦と石垣ボロボロになって悲惨な状態。

阿蘇市の方なんか土砂で橋が完膚なきまでに破壊していたり、
道路が我輩の身長ぐらいズレていたりとウニモグでも役に立たない事態です。

今回の地震はデカいのがドーンと来て大破壊というパターンではなく、
小刻みにどんどん来て徐々に破壊しているみたいなので、
そこで徐々に被害も増え、犠牲者も増えているのがやるせないですね。


ところで我輩は両親が熊本のお隣、大分の湯布院に住んでいるのですが、
震源地である熊本からはそう遠くないところに住んでいるので
とりあえず安否確認のために電話してみたところ、
地震発生当日は少し揺れた程度だから大丈夫と聞いて一安心。

ところがぎっちょん、次の日に満を持して購入したスマホを夜中弄くり回していたら、
良い子はもう寝ている時間だというのに父上からメール来やがって、
電話してみたら湯布院の方もかなりスゴイ揺れに襲われたとのこと。


幸い両親の自宅は住めるレベルで被害を食い止めたみたいなのですが、
父上のガラクタ屋、もとい、骨董品屋はスマホに送られてきた写真を見たら、
大半の商品が破壊して大惨事
らしく、相当参っている様子でした。
ああ、我輩が宮崎に居れば速攻で父上の支援にイケるんだけどなぁ・・・

多分、商品がぶっ壊れまくって愕然としている父上の傍らで
ココぞとばかりに母上が一生懸命片付けしているんだろうなぁ。

そーいえば同志スカルガンナー氏に「携帯変えたついでにメアド替わりました」と
連絡したら「そんな事より親父さんたちは大丈夫なのかい?」と返答が来ました。

普段は何事も無くノリと勢いで付き合っている同志ですが、
こういう時に良き友の人間性が垣間見えるもんですね。

東日本大震災の時もそうでしたが、
自然災害の時って有名人や政治家の人間性や
政党や団体の信念がはっきりと解るもんですよね。


例えば、狂惨党のクソババァは「安らかな場所にいてください」と
ツイッターに意味不明なコメント残していた模様。

ソコ、普通は「安全な場所にいてくださいね」と言うべきだろうに、
安らかな場所って死んでしまえって遠回しに言いたいのかまったく。

まあコイツラ、東日本大震災の時も被災地になんかしてあげた形跡がないので、
「日本死ね」ぐらいしか思っていないんでしょうねマジで。
昔うちの父上が言ってた「狂惨党の連中は日本人じゃねぇから」というのは真実でした。
だってコイツラを支持している連中はわざわざ模造紙買ってきて
迷彩服着ている奴らの作ったカレーは食いたくないと抜かしているんですよ。

(アンダーラインのある文章をクリックするとネタ元のニュースに飛びます)

しかもコイツラ、地震被災者に対する義援金集めているらしいですけど、
善意ある皆様方(笑い)から集めたお金は全て義援金に募金するのではなく、
党の義援、復興に係る政治活動の経費として使うらしいですよ

やっぱ日本狂惨党、ガチの屑の集まりだわ。

そして民進党は党のツイッターで
東日本大震災時に「自民議員がデマ流して政権引っ張った」 と
これまた人の揚げ足取りに必死の様子。

民腫党、東日本大震災の時に野党だった自民党は、
お前らよりも早く被災地に足を運んで活動していたというのに、
お前らは「オレらは野党だから関係ないもんねー」で済ますつもりかよオイ。

まあ宮崎人で今更民腫党が民侵党に名前変えたとしても、
コイツラに投票する輩はまず居ないはずだと信じております。


だって民主党政権時代、宮崎で口蹄疫が蔓延した時に、
コイツラが抱えていた農林水産大臣の赤松がなんて言ってたか覚えていますか?
「だから早く殺せって言ってるのよ」ってニヤけながら言ってたんですよ。
そーいう輩が居る政党に投票したがる宮崎人は
見つけ次第すぐさま殺処分してもいいと思います。


因みに他の野党はこの機会に何やら義援活動ヤってくれて
次回の選挙の結果に結びつけようと目論んでいるのかと思いきや、
全くそういう様子でもないみたいですな。
ヒョットしたらツイッター辺りでイミフ発言しているかもしれませんが。
追記:案の定、捨民党の連中はバカツイートやっている模様。

ところで、今回の地震で川内原発は特に被害なしだったようですが、
シコルズと原発反対派の作家共()が川内原発の停止を求める
暇つぶしと嫌がらせのFAXを送ったらしいです。

そんな嫌がらせする暇あるなら被災地行って少しでも被災者助けてやれ全く。
こういう時にこんなくだらないことするよりも、
善意を行った方が己等の株が上がるとは思えんのかなぁ?

それと藤原紀香、結婚決まって浮かれているのはいいが、
電波かクスリ入ったよ~なポエム垂れ流すのはやめろ。

もうね、震災をダシに芸能人が売名してもいいとは思うですがね、
書いた己だけが満足しているよーなメッセージ垂れ流すんじゃなくて、
ちゃんと被災地の皆様方にためになる活動をしてくれって思いますよ。

一方、台湾高雄市の陳菊市長は1カ月分の給与、
約19万台湾元(約64万円)を寄付するとおっしゃっているそうです。

台湾政府も東日本大震災の時同様、義援金を送る姿勢を既にとっているとか。

米軍も再び“トモダチ作戦”の準備をしているとか、
日本に対して有効的関係でありたい国々も義援金の準備をしているとか、
個人レベルでも支援物資を買いまくって送ろうとしている
いい方向に気の触れた若い方々も居たりするので、

荒んできたとはいえ、世の中捨てたもんじゃないよなとは思います。

与党である自民党も早急な対策をとって動いているようです。
やれオレがオレがと己の手柄のことばかり考えながら何も出来ずに
口先だけでグダグダしていた民腫党政権の時とは大違いです。

よし、我輩も熊本城復興のために一口城主に名乗りを上げよう!

追記:千羽鶴は送るなよ。食えねぇから何の役にも立たねぇ。
「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ」って言われるのがオチですよ。
ていうか、震災被災地に千羽鶴送る奴らってマジモンのバカですよね?
自分が被災者になった時、千羽鶴送られて何が嬉しいか考えてみろって。  
タグ :魂の叫び

Posted by 砥部良軍曹 at 22:42Comments(5)演説