2012年12月22日

日本自動車博物館其の六

クルマだらけの我輩のブログも6回目をもちまして最終回となります。
これだけクルマの話をしたら我輩もかなり満足です。
最後を締めくくるのは昭和後期~平成初期の国産車達です。
でもその前に戦後に突如現れた輝かしき彗星を紹介しましょう。



トヨタクラウンが日本を象徴する高級セダンだとしたら、
日産スカイラインは日本を象徴するスポーツセダンです。
そしてどちらも日本の車産業の発展を語るには外せない立役者です。
初代プリンススカイライン、日産プリンスというディーラーは聞いたことがあっても、
かつて日本に“プリンス”というメーカーがあった事を知っている人は
このブログの常連では父上と鈴吾様ぐらいのものでしょう。

このクルマは今後に続くスカイラインの栄光と苦難の歴史の始まりの一歩。
この頃はまだスポーツセダンとしての覚醒はしていませんでしたが、
まさに「伝説はここから始まった」って感じのシロモノです。



あまりにも特徴的すぎるつり目のヘッドランプのクルマ、
これもプリンススカイラインなんです。スカイラインスポーツといいます。
セダンが当時の国産車らしい野暮ったいデザインなのに対し
クーペはイタリアのミケロッティによる優雅なデザイン。
グロリアの最高グレードが115万だったのに対しスカイラインスポーツは180万。
高級すぎて殆ど売れず、総生産台数は60台に満たないそうです。

過去のスカイラインが日本のクルマの話題の中心であった事は
クルマ好きなら誰しもが認めざるを得ない事実でしょう。異論は認めん。
スカイラインの歴史=日本車の歴史というのは当然の事実なのです。
だからV35が出た時、「スカイライン\(^o^)/オワタ」と思ったのは我輩だけじゃないはずw
いや、ある意味日本車\(^o^)/オワタなのかもしれませんなぁ。



この2台のクルマの名称が言えた人はかなりのスキモノですね。
左がオーテック・ザガート・ステルビオ、右がザガート・ガビアです。
F31レパード(あぶない刑事のレパードね)をイタリアのカロッツェリア、
ザガートがオーテックに依頼されてカスタムメイドした限定車です。
因みに当時のお値段はステルビオが1800万円、限定200台(のはずだったが100台程度との噂も)。
因みにこのクルマ、ボンネットが随分ボコッとしていますが、
このボコッとしたフェンダーにミラーが内蔵されています。

実は我輩、このステルビオというクルマを
熊本の中古車屋さんで285万円で見つけてマジ買寸前だったんですが、
手付金の調達が叶わずに買えなかったという悲しい黒歴史があります。

ガビアはザガートがF31レパードをベースに改造したスペシャリティモデル。
限定30台(16台という説もあり)でお値段は880万円。
ある意味量産型フェラーリよりもレアで希少なクルマ。でも中身はレパード。
日産のディーラーに持って行っても外装パーツが買えるのかどーかは不明。
中身はレパードだから修理はしてもらえそうなんですがね。



これも我輩が欲しかったクルマです。初代スバルアルシオーネ。
当時国産車最強のCD値0.29を誇った楔のようなデザインは今見ても斬新です。
細かい造形もかなり凝っていてバブル時代の国産車の
無駄に気合が入りすぎた古き良き時代を漂わせます。
結構探したけどオートマ車しかなくて買うの断念したんですよねぇ。



いやー、三菱スタリオンは既に旧車の仲間入りしているクルマですが、
初代トヨタスープラもこんなところに並ぶ時代が来てしまったんですねぇ。
スタリオンはジャッキー・チェンの愛車というだけでマジ欲しかったです。
トヨタスープラもこの時代のスポーツカーの中ではかなりスタイリッシュで、
「日本でもこんなに格好いいクルマが作れる時代になったんだ!」と興奮した記憶があります。



昔は石投げれば当たるぐらい走っていたナンパグルマホンダプレリュード
こういうところに並ぶ時代が来るとは考えもしませんでしたね。
あと10年ぐらいしたら鯖芸部リーダーの畑先輩のインテグラTYPE-Rも
こーいう場所に晒しageされる日が来るんでしょうねぇw

そーいや嫁の行きつけの修理工場にこいつが放置されていて、
あの時嫁の制止を振り切ってでも譲ってもらえば良かったなぁと悔やんでいます。



マツダのクルマって記憶に残るけど実車が残らないクルマが多いですね。
イベントとかでも意外と見かけないものです。コスモスポーツは別として。
だから10何年ぶりでしょうかね、久しぶりに見ましたよ。ランドートップのマツダコスモL
まだロータリーエンジンが夢のエンジンであると信じられていた頃のマツダ車。
でも確かコイツはレシプロエンジンのやつもラインナップされていたんですよね。

他にもマツダ車はルーチェロータリークーペとかロードペーサーとか
今後なかなか見る事が出来ないであろう過去の名車達が置いてあって、
現在マツダ車のオーナーである我輩としてもなかなか喜ばしい気持ちでした。



現在では日野レンジャーのイメージしかない日野自動車が
かって乗用車も作っていたと言われて不思議に思うノンケも居ると思います。
写真の日野コンテッサ(伯爵夫人)は今では珍しいリアエンジンのセダンです。
日野はコンテッサを2代にわたって作った後、トラックメーカーに転身しました。



トラックメーカーに転身したもうひとつのメーカー、いすゞ。
過去にベレットや117クーペ、ピアッツァといったスポーツカーも作っていましたが、
いすゞといえばフローリアンでしょ?え?知らん?
1960年代から1980年代まで作り続けられたいすゞを代表するセダン車ですよ。
当時の国産車とは随分違うのびのびした優雅なデザインは
当時クソガキだった我輩も「なんかスゲェ」と心から感じたものです。
でも久しぶりに見たらこれ、結構小さいクルマだったのね(´・ω・`)。



ま、同じいすゞでもこっちは知らない人が多いと思いますがね。
我輩も現物を見たのは初めてでした。いすゞベレル。
グロリアやセドリック、クラウンに対抗すべくいすゞが送り出した大型セダン。
何かすんげぇ不人気車で最後の方になると捨て値で売られていたらしいです。
そ〜いうクルマなので殆どスクラップにされて現存する個体がないのだとか。



日本自動車博物館のシメを飾るのは金箔を貼ったマツダカペラです。
1000枚の金箔を貼り、洗車出来る様にコーティングまでしているそうです。
アンダーフロア部分には加賀友禅の水鳥模様まで入っている凝りっぷり。
金沢市の仏壇店が8年の歳月をかけて作ったそうですよ。
でもさぁ、もう少し車種を選んで欲しかったですねぇ。
この当時のカペラじゃあ名車と呼ばれる代物じゃありませんですぜ。

いかがでしたでしょうか?日本自動車博物館の名車達は?
展示の方法やたまに見受けられる適当な説明文とか
「(´Д`)ハァ…」と首をかしげたくなるところもありましたが、
これだけの世界中の多くの種類の、多くの年代のクルマを見る事の出来る場所は
日本にはなかなか存在しないので我輩としましても実に貴重な体験をしたと思います。

こういう場所でかつての名車や迷車を見ていると、
今のクルマには環境保護とか燃費とか何人乗れるとかいうような現実しかないから、
面白いクルマが存在しないのかなぁって現実を実感すると共に、
時代が経つにつれて日本の大抵のクルマが性能的に良くなりすぎて
クルマ自体がひとつの無難な道具になってしまったが故に
日本全国民クルマに興味が沸かなくなったのかなぁって思いました。

ま、実際我輩も今ではクルマの事なんかどーでも良くなった感じですからね。
とはいえやはり、古いクルマを見ていると心揺さぶられて
銭が無いなりの理想的なカーライフを色々描いてしまうものなんです。
一応我が家には宮崎に帰ったら新築の自宅よりも
中古でもいいからオープンカーが欲しいねという夫婦の野望がありますんで。


いつかこういう場所に物心付いた息子を連れて行って
クルマというものがいかに素晴らしいものであるかを教えて、
我輩に負けないぐらいのエンスージアストに育て上げてやりたいものですなぁ。
そして未来の車についてもっと哲学を抱ける漢(おとこ)に仕立て上げたいです。


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Posted by 砥部良軍曹 at 10:04│Comments(2)お出かけ
この記事へのコメント
いやぁ濃いですなぁ(*´д`*)

・ロンドンバスは塩路に長らくほったらかしになってます(確か動物園の送迎用だった気が・・・) アジトに欲しいww

・ジムニーの横にある緑の四駆はダイハツタフトですな…

・昔聞いたアルシオーネSVXの下ネタ(アレシヨーネSEX)をなぜだか思い出しました…すんません言ってみたかっただけです

・コスモLはイオン近くの中古車屋に売車があります(密かに狙っている…)
Posted by 鈴吾 at 2012年12月22日 21:13
>鈴吾様
あのロンドンバスはまだ山崎街道沿いの空き地に放置プレイ状態ですか。
どーにかして欲しいところですが予算的に難しいのでしょう。
我輩ならあれを改造して店作りますがね。

ジムニーの隣のやつはジムニーじゃなかったよーな気がしたのですが、
鈴吾様のお蔭で正体が解りやっと霧が晴れた感じです。

やはりこの手の話題には同志鈴吾様の存在が欠かせませんw
Posted by 伍長閣下 at 2012年12月23日 01:38
 
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    コメント(2)