2013年02月17日

2年ぶりの福岡

2月11日、婆ちゃんがお亡くなりになりました。
なので我輩だけ福岡に戻り、婆ちゃんの葬式に行く事にしました。
前回宮崎に戻った時は福岡には行けなかったので2年ぶりの福岡です。

いつものように朝飯を食って、その後部屋でまったりしている最中に、
眠るようにして天に召されたというのが婆ちゃんの最期だったそうです。
去年の年末にチョロっと体調悪くして入院してはいたらしいんですが、
致命的ってほどでもなかったみたいなんで安心していた矢先にこの知らせ。
どーも我輩の2013年という1年はあまり良い年にならなそうな感じです。

でも去年の敬老の日に婆ちゃんに手紙を出したところ、
返事の筆跡が随分弱々しい平仮名だけの文章だったので、
「婆ちゃん大丈夫やろか?」と少しは思ってはいたんですよねぇ・・・


大正8年にペルーで生まれ、9歳ぐらいに日本に戻り、
看護婦になって満州にわたって終戦まで過ごしたという
若い頃は随分ハードな人生を過ごした我輩の婆ちゃんは、
辛いものは好きだけど嫌韓という実にアレな人でしたが、
我輩は婆ちゃんの初孫という事もあり大分甘やかしてもらいました。
婆ちゃんが居たからこそ我輩は今まで人生楽しく過ごしてこられたようなもんです。



三沢から羽田までの飛行機はいつも通りMD-90で、
案の定飛行機の止まった場所からバスで移動という体たらくでしたが、
羽田から福岡の飛行機はいつもとは違うボーイング777。
久しぶりに真ん中にも席がある飛行機に乗って少し興奮気味と言いたいところですが、
婆ちゃんの事ばかり考えていて精神的にそんな余裕はありません。

福岡に到着したのが19時を過ぎていたので通夜には間に合わず。
とりあえず迎えに来てくれた弟のクルマに乗って葬祭場に向かい、
両親や兄弟が喪服や礼服姿で全員集合している中、一人だけカエルのパーカー姿の我輩。
婆ちゃん死んだというのに何この場違い感?
そこで箱に詰められて何も語りかけてこない婆ちゃんとご対面。そして号泣。



その後婆ちゃんの生きている頃の話をネタにひっそりと会話と言いたいところですが、
我輩が居ない間に既にその手の話題は出尽くしてしまったようですし、
今更婆ちゃんの話題を持ち出したら我輩また号泣間違いなしなので
別のどーでもいい話題とか父上の入院の話で盛り上がる事にしました。
とりあえずブログのネタの為に写真でもと言いたいところですが、
いくら我輩が不謹慎が服着て歩いている人間とはいえ、そういう気分ではありません。



しかし葬式前で精進しなければならんという状況にもかかわらず、
葬祭場近くに“テムジン”という福岡を代表する美味しい餃子屋があるっつー事で、
そこで持ち帰り餃子を200個ぐらい購入して皆で葬祭場の部屋で食いました。

傍で見ていた?婆ちゃんも「お前ら何やっているんじゃい?」と思ったでしょうが、
婆ちゃんも餃子は結構好きだったので文句は言わないでしょう。

でもその後、折角福岡に帰還したということで夜中に長浜にある
2件あるうちの食券を買う方の“元祖長浜家”にラーメンを食いに行ったら、
麺は1玉ずつしか茹でないわ、ネギとチャーシューを入れる手際は悪いわ、
挙げ句の果てには丼倒してラーメンこぼすわで何やっとんねん?


しかも出てきたラーメンは汁は温いし、しかも脂っけが薄くて物足りないし、
麺は固麺頼んだはずなのに手際が悪いから柔らかくなっているしでハズレ引いた気分。
ラーメンも好きだった婆ちゃんが食ったらさぞかし悪態をついた事でしょうw



葬式は我が家の両親と兄弟、そして親戚が少しだけという超シンプル。
でもまったりとしていて婆ちゃんも良かったんじゃないでしょうか?
婆ちゃんも騒がしいのはあまり好きじゃなかったみたいですからね。
あーでも霊柩車は豪勢に?リンカーン・タウンカーでしたよ。

しかし火葬場で焼かれた婆ちゃんは結構しっかり骨が残っていて、
体内にはしっかりカルシウムが摂取されていたんだなぁと変に感心。

よく考えてみたら婆ちゃんは死ぬ間際まで大きな手術をして内蔵とか切り取ったわけでもなく、
足が悪い以外は結構五体満足だったんですよねぇ。

どーでもいい話かもしれませんが、火葬って1時間半ぐらいかかるんですね。
ちっこい体の婆ちゃんでさえ1時間半かかるのなら、
でかい父上が死んだ日にゃあ2時間半ぐらい焼くのに時間がかかりそうな予感。



葬式終了後は精進落としの飯を食いながらほっと一息。
我輩も何か諦めが付いた感じで少しだけ落ち着きましたが、
やはり元気なうちにもう少し婆ちゃんに電話しとけばよかったなぁと少し後悔。
でも婆ちゃんってかなりせっかちというか、自分勝手な人だったんで、
電話しても1分ぐらいで切っちゃってたんですよねぇ。

己の人生も半分ぐらいに差し掛かると人の死に関わる機会が多くなります。
嫁の婆ちゃんも一昨年亡くなりましたし、爺ちゃんも少し前に亡くなりました。
モミアゲマン先輩はこないだお母さんが亡くなりましたし、
スカルガンナー氏も数年前にお父さんが亡くなっています。
我輩の父上も肺癌らしいと言う事なので今後安心はしていられません。

そう言うネガティブな事はあまり考えたくもないのですが、
そういう事まで考えさせられる時期が来たという事実に少し戸惑っている我輩であります。




さて、体にデカイ爆弾を抱えている疑惑が浮上して生きた父上ですが、
8日に検査と治療の為に福大病院に入院したものの、
突然の婆ちゃんの死の為に仮出所、もとい仮退院して葬式に馳せ参じた身故に、
葬式終了後の晩家族でラーメン食ったらすぐさま再入院。


しかしまだ検査の段階でどれだけの爆弾が潜んでいるかも解らないという事で?
それなりに余裕を見せてくれていますし、退屈な病院生活に早速辟易している様子。
でも下手したら片肺切り落とすという話もあるのでどうなることやら。
それを考えると体内に全く傷をつけることもなく生きていた婆ちゃんは
凄かったんだなぁと思うと共に、五体満足でも死ぬ時は死ぬんだなと思いました。



どーでもいい話ですが福大病院って病院の中にコンビニあるんですね。
ま、最近は自衛隊の基地や駐屯地の中にもコンビニ進出中なので
別に驚く程の話じゃないんでしょうがね。



今回の婆ちゃんの死は婆ちゃんの「ツヨシ、たまには福岡に帰って来い」という
気遣いだったんじゃねぇかって勝手に思い、お言葉に甘えて福岡を堪能する事にします。
我輩にとっての福岡といえばやはり外せないのは本物の“元祖長浜屋”のラーメン。
因みに婆ちゃんの葬式前日に行ったのは“元祖長浜家”。
“屋”が本家で“家”は分家。そして分家は2件あります。



博多ラーメンでも福岡ラーメンでもない、かと言って長浜ラーメンでもない。
“元祖長浜屋”という食い物、それがこの店のラーメン。
コシのないブチブチした細い麺、しつこそうだけど意外とあっさりした感じだけど、
飲み干すと豚骨と化学調味料の味が響くスープ。

赤い彗星のシャアよりも真っ赤な共産主義者みたいな紅しょうが、
シシカバブみたいに削ったようなチャーシューと呼んでいいのか不明な肉、
久しぶりの本家の味は我輩が渇望していたそれそのままでした。

因みに次の日の晩には以前ブログで紹介した“元祖長浜家”の方にも行きましたが、
こちらも本家同様の味わいのラーメンを出してくれて一安心しました。
ただ残念なのは、最近は指突っ込んでラーメン持ってこないんですね。あの指がいいのにw



元祖長浜屋を堪能したので安心して家に戻り、ゆっくり。
現在我輩の実家は弟の家族に占領されてしまったので
我輩は居候的な感じで少し肩身が狭い感じですが、
弟の娘が腰骨を立てて相手してくれるので気にしない事にします。

しかし久しぶりに1歳半の子供を相手していると疲れますねぇ。
我が家は予算の都合でもう新たに子供を作る予定はありませんが、
この頃の苦労を考えるとやっぱ子供はもう要らねぇ。



金曜日は我輩の彼氏のエロ小僧が休みだというので、
彼の愛車ルノー・カングーに乗せてもらってエチゴヤと好日山荘に出撃です。
(注:エチゴヤはガンショップ、好日山荘とは大野城にあるでっかいキャンプ用品店)
臨時収入で嫁にバレない程度の軽い買い物をしてきて大満足。

夜はエロ小僧と別れて小学生の頃からの友人と晩御飯。
そこで現時点の己が置かれている状況や家族の話で盛り上がります。
そういう話って古くからの友人じゃねぇとなかなか話せませんからね。

その後20年ぶりに西鉄バスに乗って実家付近のバス停まで戻ると、
何という事でしょう、バスの後ろの席に会社から帰宅中の弟がいましたw
いやー福岡って狭いわ。その割に中学時代の同級生とか全然会わねぇけど。



土曜日、福岡の空は隣国からの変な毒ガスも来ておらず、見事な快晴。
いいですね、雪のない暖かい日差しの冬って。青森戻りたくねぇ。
でも三沢には我輩を待ちわびる家族が居るので名残惜しいけど帰ります。
次に福岡に、いや、九州に戻れるのは何時になるのか・・・
まだ独身貴族の弟の結婚式か?それとも父上の葬式?それとも転勤?

つー事で次何時九州に戻れるのか解らないので、
嫌がる弟にスーパードラッグコスモスに無理やり連れて行ってもらい、
リョーユーパンのマンハッタンとサンポーの焼豚ラーメンとうまかっちゃん2袋買いました。
マンハッタンみたいなドーナツって何処にでもありそうな感じですが、青森には無いんです。

余談ですが我輩はうまかっちゃん原理主義者なので、
うまかっちゃんはノーマル味以外認めません。




そして我輩にとってのもうひとつの福岡の味、柔らかいうどんを食いに行きます。
空港付近の牧のうどんでごぼう天うどんとかしわ飯を食ったら腹の中がパンパンだぜ。
しっかし相変わらず牧のうどん、昼飯の時間帯は人大杉。
でもこの分だと我輩が九州に戻るまで牧のうどん消滅はありえないなw

その後これまた空港付近の我が家の墓に行って爺ちゃんの墓参り。
線香を持参していなかったので我輩の煙草に火をつけて線香替わり。
ま、爺ちゃんは煙草好きだったからいいでしょ?

どーでもいい話かもしれませんが、
墓に向かう最中に若々しい野郎臭いガキ共が居たので、
「おお何処かで見たことあるバッグ、お前ら東か?」と言ってやったら
怒鳴るような声で「ちわっす!」と東福岡高校の挨拶を返されて、

20年前の青臭くてイカ臭かったあの頃を思い出してしまいました。

我輩も気持ちは18歳のままですが、あいつらから見れば大先輩なんだよなぁ。
ああ、やっぱ福岡は永遠の我輩のホームなんだなって思いました。

やはり人生、人以上に多くの経験を積んで生きていたいというのなら、
他県や外国に出て色々な思いをするのもひとつの生き方なのかもしれませんが、
故郷に並みならぬ愛着を抱きながら故郷を謳歌して生きている人間は、
出来れば故郷から出ずに人生済ませられたらそれに越した事はねぇなと

相変わらず雪が降り注いでクソ寒い三沢空港で考えた我輩なのでした。
でも我輩の場合、全国チェーンの会社?で仕事しているからそーいうわけにも逝かねぇ。

追記:案の定今回もMGC福岡店で購入したハンドガンのお蔭で空港で足止め喰らいました。
しかも福岡空港は宮崎空港よりも取り調べが煩かったです。警察まで来やがるし。


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Posted by 砥部良軍曹 at 22:26│Comments(2)お出かけ
この記事へのコメント
遠路遥々お疲れさんでした。

人間こんなときでないとみんなが顔を合わせることもなくなるからな。

今度会うときは転勤の時くらいにしといてくれないか。

それからフォエーブス一つで大変だったそうだな。
大体、何の対策も講じないでガソリン臭いものを飛行機に持ち込むなんて無謀としか言いようがないだろう。
タンクの中身を出して臭気が出ないように梱包しても通過できるかどうかわからない品だぜ。
少なくとも、タンクの中に残った油だけは上手に処理しとくべきだったんだよ。
ま、そのうちにちゃんと梱包して送ってやるから安心しときな。
Posted by 骨董屋の親父 at 2013年02月19日 17:54
>骨董屋の親父様
そうですな、出来る事なら家族が顔合わせるのは
慌ただしい時よりも平穏な時の方が望ましいですな。

しかしホエーブスの件では参りましたぜ。
燃料抜いときゃどーかなって思ったんですがやっぱダメなんですな。
もしあの時母上が空港内をブラブラしていなかったら
父上のホエーブスは処分される羽目になりましたぜ。

でもどーにか運良く回収出来たのは何かの運命、
父上の復活とホエーブスの復活、楽しみに待っております。
Posted by 伍長閣下 at 2013年02月19日 22:38
 
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    コメント(2)