2015年05月30日
姉弟で敵同士
運動会、ソレは人生の理不尽を噛みしめるための教育。
たとえ兄弟でも組或いは出席番号が偶数か奇数かの違いで敵味方に分断され、
「今年も赤が勝つ!」「イヤ今年こそは白負けねぇ!」とか叫び合って啀み合う。
その因縁の張り合いはたとえ友人同士であっても、兄弟間であっても容赦なく繰り広げられる。
小中学校時代、そういう荒んだ(笑)光景を毎年目の当たりにしながら、
「ああ、日本は敗戦後南北に寸断されなくて良かったなぁ(安堵)」とつくづく思ったものです。

今年は息子も小学生になり、息子は赤組、娘は白組に分けられ、
姉弟間の紅白のいがみ合いを再び目の当たりにしながら、
「フフ、この風、この肌触りこそ運動会よ」と微笑む我輩でした。

さて、幼稚園の頃から運動会に関してはへっぽこな息子でしたが、
小学生になってもそこら辺の信頼性に低さは相変わらずで、
やっぱ我が家は運動会に貢献しねぇ家系なんだなと思わされます。
やっぱ我輩が本腰入れて走り方ぐらい教えんとイカンのでしょうが、
我輩は山の中を華麗に駆け抜けるスキルは持ちあわせてはいますが、
平地を駆け抜けるスキルに関してはダメダメなのでどーしようもないね。

ま、小学1年ぐらいでは運動会なんてお遊戯の延長上なんでしょうし、
ウチの息子は勝ち負けに関してあまり深く考えない体質らしく、
安定のハッテンぶりを発揮してどこ吹く風といった感じです。

しかし小学4年ぐらいになると運動会は真剣勝負。
その活躍ぶりが成績に加算されはしないとはいえども、
己の能力がどれ程勝利に貢献するか重要視されるのです。
そして我輩の小学生時代のように肉体的に余計なところが成長している娘。
コイツは体質改善のためにどんげかせんとイカンようです。

いやーしかし単品で見ている限りではちっこいなぁと思う程度ですが、
比較対象が居るとやっぱ太ましいなウチの娘。
そ~いうところまで親に似なくてもいいのにと我が血を呪います。

でもね、吹っ切れた感じで堂々と踊れる神経は評価する。
吹っ切れてねぇおなごっつーのは将来('A`)マンドクセ体質になって、
野郎が近づかず婚期が遅れる恐れがありますからね。

ところで毎回運動会で玉入れを見ながら思うんですが、
幼稚園ではともかく、小学校では正式な玉入れの手法ぐらい教えてもいいんじゃね?
それともコレも「闇雲に投げるだけでは玉は入らねぇ」という事実から、
何かを学ばせようとしているんでしょうかねぇ?

ところ去年我輩は「もう2度と父兄参加競技には出ねぇ!」と言った通り、
親が参加する玉入れには出ませんでした。
どーせへっぽこな我輩が参加しなくてもね、何か心強いのが参加してるし、
そして我輩が予想していた通り今年は妖怪のアレを踊らされる玉入れだったしw

クソガキ的に運動会の楽しみといえばお弁当でしょうな。
運動会も4年目になると嫁もようやく見積が理解出来たのか、
以前のように弁当は過剰に作らなくなりました。
でもいっつも思うんだけどさ、エビって運動会の弁当に必要か?
どちらかと言うと手掴みで喰えるものが多いほうがありがたいと思うんだけどなぁ。
あーだから昔(昭和50年代以前?)は運動会の弁当といえば海苔巻きが定番だったのか?
じゃあ来年はエビはレタス巻きにして弁当に入れるよう嫁に勧告しよう。

息子に朝飲ませるつもりだったモンスターエナジー。
すっかり失念していたので昼に飲ませたんですが遅すぎたか?
でも昼の競技では2位をとれたのでよしとしましょう。
でもやっぱ朝から飲ませとけば午前中の駆け足もいい成績だったかも?

息子のモンスターエナジー効果は関係ないんでしょうが、
運動会のシメの選抜リレー前の双方の成績は赤圧勝。
どーせリレーには鈍亀のクソガキ共は出ないんだからということで、
娘の午後の競技を見届けたあと華麗に去った我輩でしたが、
ウチの社宅は小学校の目と鼻の先ていうか、道路隔てて直ぐ。
耳を澄まさなくてもブログ更新中に「赤勝利!」の放送聞こえちゃいましたね。
しっかしココの小学校は赤ばっかり勝つなぁ、共産党のせいなのかw
さっき息子が帰宅して、テメェは何も貢献していねぇのに歓喜の叫び。
とりあえず「見事だな!しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ!.
他の赤組の連中の性能のお陰だということを忘れるな!!」と言っといてやりました。.
その15分後ぐらいに娘が帰宅したんですが、すっげぇ悲しみながらガッカリ状態。
その姿を見て我輩、「戦いに敗れるとは、こういう事だぁー!!」としみじみ感じたのです。
この姉弟間の落差を見ているとやっぱ運動会って軽く戦争なんだなって思います。
ホント、運動会は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!!
たとえ兄弟でも組或いは出席番号が偶数か奇数かの違いで敵味方に分断され、
「今年も赤が勝つ!」「イヤ今年こそは白負けねぇ!」とか叫び合って啀み合う。
その因縁の張り合いはたとえ友人同士であっても、兄弟間であっても容赦なく繰り広げられる。
小中学校時代、そういう荒んだ(笑)光景を毎年目の当たりにしながら、
「ああ、日本は敗戦後南北に寸断されなくて良かったなぁ(安堵)」とつくづく思ったものです。

今年は息子も小学生になり、息子は赤組、娘は白組に分けられ、
姉弟間の紅白のいがみ合いを再び目の当たりにしながら、
「フフ、この風、この肌触りこそ運動会よ」と微笑む我輩でした。

さて、幼稚園の頃から運動会に関してはへっぽこな息子でしたが、
小学生になってもそこら辺の信頼性に低さは相変わらずで、
やっぱ我が家は運動会に貢献しねぇ家系なんだなと思わされます。
やっぱ我輩が本腰入れて走り方ぐらい教えんとイカンのでしょうが、
我輩は山の中を華麗に駆け抜けるスキルは持ちあわせてはいますが、
平地を駆け抜けるスキルに関してはダメダメなのでどーしようもないね。

ま、小学1年ぐらいでは運動会なんてお遊戯の延長上なんでしょうし、
ウチの息子は勝ち負けに関してあまり深く考えない体質らしく、
安定のハッテンぶりを発揮してどこ吹く風といった感じです。

しかし小学4年ぐらいになると運動会は真剣勝負。
その活躍ぶりが成績に加算されはしないとはいえども、
己の能力がどれ程勝利に貢献するか重要視されるのです。
そして我輩の小学生時代のように肉体的に余計なところが成長している娘。
コイツは体質改善のためにどんげかせんとイカンようです。

いやーしかし単品で見ている限りではちっこいなぁと思う程度ですが、
比較対象が居るとやっぱ太ましいなウチの娘。
そ~いうところまで親に似なくてもいいのにと我が血を呪います。

でもね、吹っ切れた感じで堂々と踊れる神経は評価する。
吹っ切れてねぇおなごっつーのは将来('A`)マンドクセ体質になって、
野郎が近づかず婚期が遅れる恐れがありますからね。

ところで毎回運動会で玉入れを見ながら思うんですが、
幼稚園ではともかく、小学校では正式な玉入れの手法ぐらい教えてもいいんじゃね?
それともコレも「闇雲に投げるだけでは玉は入らねぇ」という事実から、
何かを学ばせようとしているんでしょうかねぇ?

ところ去年我輩は「もう2度と父兄参加競技には出ねぇ!」と言った通り、
親が参加する玉入れには出ませんでした。
どーせへっぽこな我輩が参加しなくてもね、何か心強いのが参加してるし、
そして我輩が予想していた通り今年は妖怪のアレを踊らされる玉入れだったしw

クソガキ的に運動会の楽しみといえばお弁当でしょうな。
運動会も4年目になると嫁もようやく見積が理解出来たのか、
以前のように弁当は過剰に作らなくなりました。
でもいっつも思うんだけどさ、エビって運動会の弁当に必要か?
どちらかと言うと手掴みで喰えるものが多いほうがありがたいと思うんだけどなぁ。
あーだから昔(昭和50年代以前?)は運動会の弁当といえば海苔巻きが定番だったのか?
じゃあ来年はエビはレタス巻きにして弁当に入れるよう嫁に勧告しよう。

息子に朝飲ませるつもりだったモンスターエナジー。
すっかり失念していたので昼に飲ませたんですが遅すぎたか?
でも昼の競技では2位をとれたのでよしとしましょう。
でもやっぱ朝から飲ませとけば午前中の駆け足もいい成績だったかも?

息子のモンスターエナジー効果は関係ないんでしょうが、
運動会のシメの選抜リレー前の双方の成績は赤圧勝。
どーせリレーには鈍亀のクソガキ共は出ないんだからということで、
娘の午後の競技を見届けたあと華麗に去った我輩でしたが、
ウチの社宅は小学校の目と鼻の先ていうか、道路隔てて直ぐ。
耳を澄まさなくてもブログ更新中に「赤勝利!」の放送聞こえちゃいましたね。
しっかしココの小学校は赤ばっかり勝つなぁ、共産党のせいなのかw
さっき息子が帰宅して、テメェは何も貢献していねぇのに歓喜の叫び。
とりあえず「見事だな!しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ!.
他の赤組の連中の性能のお陰だということを忘れるな!!」と言っといてやりました。.
その15分後ぐらいに娘が帰宅したんですが、すっげぇ悲しみながらガッカリ状態。
その姿を見て我輩、「戦いに敗れるとは、こういう事だぁー!!」としみじみ感じたのです。
この姉弟間の落差を見ているとやっぱ運動会って軽く戦争なんだなって思います。
ホント、運動会は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!!
新田原基地にフランス空軍のラファールが来た!
火柱舞い上がる大晦日の吉六会忘年会
100日では建たなかった家
息子、流石に義務教育で留年は無かった
娘の写真を1枚も貼らずに娘の卒業と受験の結果を報告します
フライング嫁誕生日
火柱舞い上がる大晦日の吉六会忘年会
100日では建たなかった家
息子、流石に義務教育で留年は無かった
娘の写真を1枚も貼らずに娘の卒業と受験の結果を報告します
フライング嫁誕生日
Posted by 砥部良軍曹 at 15:52│Comments(2)
│出来事
この記事へのコメント
小学生のとき、足は遅くなかった。
なのに、
4人で走る徒競走の組み合わせが、
学年で一番早い子と、二番目に早い子が、
ずっと同じ組だったので、万年3番でありました。
他の組だったら、
2番、いや1番かもしれないのに。
未だに忘れられん悔しさ。
理不尽を叩き込まれました。
なのに、
4人で走る徒競走の組み合わせが、
学年で一番早い子と、二番目に早い子が、
ずっと同じ組だったので、万年3番でありました。
他の組だったら、
2番、いや1番かもしれないのに。
未だに忘れられん悔しさ。
理不尽を叩き込まれました。
Posted by キリンさん
at 2015年05月30日 18:49

>キリンさん
我輩の小学校時代は身長順に走らされるシステムで、
同じ低身長の同級生は皆軽量級ばかりで、
我輩だけが低身長重量級だったんで常にビリでした。
我輩も小学校の運動会は嫌な思い出で一杯です。
理不尽を学ぶのが運動会であると未だに信じてやみませぬ。
唯一良かった思い出は必ず父上が来てくれたことと、
母上の弁当ぐらいでしたね。
我輩の小学校時代は身長順に走らされるシステムで、
同じ低身長の同級生は皆軽量級ばかりで、
我輩だけが低身長重量級だったんで常にビリでした。
我輩も小学校の運動会は嫌な思い出で一杯です。
理不尽を学ぶのが運動会であると未だに信じてやみませぬ。
唯一良かった思い出は必ず父上が来てくれたことと、
母上の弁当ぐらいでしたね。
Posted by 砥部良軍曹
at 2015年05月30日 21:15
